第8話:結び、そして繋がる場所
橘に案内されたのは、先ほどの部屋よりもさらに奥にある、殺風景な一室だった。
壁も床も、継ぎ目のない白い金属で覆われている。まるで実験室か、あるいは独房のようだ。
部屋の中には、ネックレスやブレスレットなどのアクセサリー類、時計やメガネ、古びたぬいぐるみや日本人形などが、ガラスケースに納められていくつも並んでいる。
「この部屋の物たちには強力な付喪神が宿っているが、クセがありすぎて誰も扱えないでいる」
俺はその中の一つ、スマートフォンが納められたガラスケースの前で足を止めた。ブルリと震えたような音がしたからだ。
「これは……?」
「数年前に、持ち主の高校生が事故で亡くなってしまってね、主を失ったことで不安定な状態になっている」
橘は、ガラスケースの横にあるコンソールを操作する。プシュ、と軽い音を立てて、ケースの扉が開いた。
中から現れたのは、ひどく古びたスマートフォンだった。
画面には蜘蛛の巣のようなヒビが走り、角は欠けている。バッテリーも当然切れており、ただの電子ゴミにしか見えない。
「さあ、やってみてくれたまえ。もし君がそれと契約できたなら、君の力を本物と認めよう」
橘はそう言うと部屋の隅に下がり、腕を組んで俺の様子を窺っている。
試されている。その事実が、ずしりと重くのしかかってきた。
――やるしかない。
俺は意を決して、スマートフォンに近づいた。
ガラスケースから取り出すと、ひんやりとした金属の感触が指先に伝わる。
そして、そっと両手で包み込むように持った。からかさ様の時と同じように、意識を集中する。
すると、やはり流れ込んできた。このスマホの記憶が。
それは、ごく普通の男子高校生の、ありふれた日常だった。
友人との馬鹿みたいなメッセージのやり取り。好きな子に送れなかった、下書きのままのメール。文化祭で撮った、たくさんの写真。
そして、最後の記憶。
持ち主が交通事故に遭った、あの日のこと。
薄れゆく意識の中で、少年が最後に願ったこと。
『――誰かに、伝えなきゃ……』
何を伝えたかったのか。それは誰にもわからない。
ただ、その強烈な「伝えたい」「繋がりたい」という想いだけが、主を失った今もこのスマホの中に残留し、魂の核となっているのだ。
俺は、スマホを胸に抱いた。
持ち主の少年の無念と、スマホ自身の純粋な願い。その両方が痛いほど伝わってくる。
――そうか。お前の役割は「繋ぐ」ことなんだな。
じいちゃんの言葉を思い出す。
『その役割にふさわしい名前を付けてやると、きっと喜ぶぞ』
俺は、こいつの魂にふさわしいシンプルな名前を考えた。
「お前の名前は、『結』だ」
俺がそう告げた瞬間。
手の中のスマホが、カチリ、と小さな音を立てて微かに光を放った。俺の魂と、スマホの付喪神『結』の魂が、確かに結ばれる。
契約は成立した。
だが、その力はあまりにも弱々しく、ひび割れた画面は暗いままだった。
「……ふむ。契約はできた、か。だが、この程度では話にならんな」
隅で見ていた橘が、失望したように呟いた。
その時だった。
俺が肩からかけていた鞄が、ふわりと温かい光を放った。
からかさ様だ。鞄の隙間から、淡い光の粒子がまるで蛍のように流れ出し、俺が手に持っている『結』へと吸い込まれていく。
――これは……?
からかさ様が『結』を仲間として認め、祝福するように自らの力を分け与えているのだ。
古くからいる一柱目の神が、新しく来た神を歓迎する、儀式のようなものなのかもしれない。
からかさ様の純粋な守護の力が、『結』へと注ぎ込まれていく。
すると、信じられないことが起きた。
『結』の持つ「繋ぐ力」が、からかさ様の「守る力」を、まるで触媒のように増幅・拡張させ始めたのだ。『結』を中心に、目に見えない守護の結界が、部屋全体に広がっていくような感覚。
そしてその結界は、俺の魂と繋がっている他の存在――つまり、からかさ様を、スマホの中へと優しく招き入れている。
――繋ぐ力が、守る力を広げる。スマホのストレージが、仲間たちの帰る場所として生まれ変わった。
目の前で起きている奇跡に、俺は息を呑んだ。
こいつはもう『結』なんて名前じゃない。仲間たちが安心して帰ってこられる玉座。神々の居場所。
俺は、改めて進化したこの付喪神に『真名』を授ける。
「お前の名前は――『神座』だ」




