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神様、拾いました。  作者: 久悟
プロローグ
1/56

この国には神様が多すぎる

 瀝青(れきせい)の闇に、銀の雨が突き刺さる。

 アスファルトを叩く音、ネオンの滲む音、遠くを走るサイレンの音。その全てが混ざり合い、東京という街の単調なノイズを奏でていた。


 誰も気づいていない。

 このありふれた雨の夜に、世界がほんの少しだけ悲鳴を上げていることになど。


「――クッ、なんて数なの……!」


 渋谷、スクランブル交差点。

 普段ならば傘と喧騒で埋め尽くされるその場所は今、不気味なほどに静まり返っていた。

 行き交う人は一人もおらず、巨大なビジョンも、けたたましい広告音も、全てが沈黙している。まるで、世界からこの一角だけが切り取られてしまったかのように。


 そんな非現実的な空間の中心で、一人の少女が荒い息を繰り返していた。

 巫女装束を現代的にアレンジしたような緋色(ひいろ)(ころも)を纏い、その手には桜の花びらを象った優美な長剣が握られている。

 

 神々の秩序を守るべく、人知れず戦う現代の(かんなぎ)――『神契者(しんけいしゃ)』である。


「詩織! 無理はするな! 奴らはただの荒神(あらがみ)じゃない!」

 

 通信機から飛ぶ焦燥に満ちた声に、彼女は「わかっています!」と鋭く返す。


 視線の先。

 そこにいるのは、人ではない。

 人の想いが歪み、神としてのカタチを失った、哀れな成れの果て。


 赤信号の向こう側、センター街の入り口に、一体。

 ハチ公像の影に、一体。

 109ビルの屋上に、また一体。

 そのどれもが、ねじくれた電線や錆びた標識、砕けたアスファルトなどが寄り集まってできた、冒涜的な姿をしていた。かつてこの街の片隅で、誰かに名前を呼ばれるのを待っていた、小さな神々のなれの果て。


「我が剣に宿れ、気高き山の姫……! 木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)!」


 詩織の呼び声に応じ、剣が灼熱の光を放つ。

 神話に(うた)われる、富士の女神。炎と桜を司る、高貴なる神。その力は、並の荒神であれば一振りで浄化できるほどに強大だ。

 しかし――。


桜華一閃(おうかいっせん)!」


 炎を纏った斬撃が宙を(はし)る。

 それはセンター街入り口の荒神を正確に捉える――しかし、甲高い音を立てて弾かれた。

 荒神の核となっている、古びたマンホールの蓋。そこに刻まれた区の紋章が、一瞬だけ鈍い光を放った。


「なっ……!?」


 驚愕する詩織の隙を突き、ハチ公像の影から第二の荒神が地を滑るようにして襲いかかる。

 咄嗟に剣で受け止めるが、叩きつけられた衝撃は凄まじい。濡れたアスファルトの上を、詩織の身体が数メートルも押しやられた。


 ――硬い……! だけじゃない。こいつら、連携している……?


 まるで、一つの意志の下に動いているかのようだ。

 一体が盾となり、一体が攻撃する。屋上の個体は、詩織の死角を常に狙っている。

 忘れられた神々が寄り集まっただけの、烏合の衆のはず。こんな統率された動きなど、ありえない。


 ――誰かが、指揮している?


 その結論に至った瞬間、全身の産毛が総毛立った。

 雨音が、一瞬だけ途切れる。

 代わりに聞こえたのは、静かで、それでいて底なしの絶望を感じさせるような、男の声だった。


『――哀れだろう?』


 声は、四方から響いてくる。

 この世界から切り離された『境界領域(きょうかいりょういき)』そのものが、鳴動しているかのようだ。


『忘れられ、捨てられ、名前さえ失くした者たちだ。だが、それでも彼らは在る。在ってしまうのだ。ならば、新たな役割を与えねばなるまい』


「誰……! どこにいるの!」


『我らは、ただ取り戻したいだけだ。天津神(あまつかみ)に奪われ、人に忘れ去られた、我らの国を』


 ぞわり、と。詩織の背筋を、神話の時代から続くような根源的な恐怖が駆け上がった。

 木花咲耶姫。天津神の系譜に連なる彼女が、本能的に震えている。目の前の敵が強大な存在であることを告げていた。


 屋上の荒神が、ゆっくりと動き出す。

 その腕が、巨大なクレーンのようにしなり、狙いを定めたのは――境界領域の外。

 まだ平和な日常が続いている、現実世界。


「まさか……! やめなさい!」


 境界を破壊する気だ。

 そうなれば、この戦いは隠蔽できない。渋谷のど真ん中に、神話の怪物たちが姿を現すことになる。

 そうなれば、もう終わりだ。


 詩織は最後の力を振り絞り、地を蹴った。

 間に合わない。絶望が脳裏をよぎる。


 その、刹那だった。


「――間に合ったか」


 場違いなほどに、穏やかな声だった。

 詩織と荒神たちの間に、いつの間にか一人の少年が立っていた。

 ごく普通の学生服を着て、手にはなぜか、ウサギの絵があしらわれた子供用の赤い唐傘を差している。


宗佑(そうすけ)!」


 詩織が少年の名前を叫ぶ。

 少年は迫りくる荒神の腕を見上げ、手に持ったおもちゃの唐傘を前に突き出す。

 まるで、大切な誰かを守るように。


 直後。

 荒神の剛腕が、少年を――いや、その傘を、叩き潰さんと振り下ろされた。

 轟音。

 詩織は、思わず目を閉じる。


 だが、想像していたような悲劇の音は、いつまで経っても聞こえなかった。

 おそるおそる目を開けると、信じられない光景が広がっていた。


 あの、詩織の炎の剣さえ弾いた荒神の一撃が。

 たった一本の、おもちゃの唐傘によって、完璧に受け止められていた。


 傘には傷一つ付いていない。


「な……」


 呆然とする詩織の前で、少年は傘を握りしめたまま静かに呟いた。

 それは、誰に言うでもない優しい語りかけ。


「ありがとう、助かったよ。――雨宿(あまやどり)のからかさ様」


 少年の声に応えるように、赤い唐傘が、ぽぅ、と淡い光を放った。


 この国には、神様が多すぎる。

 

 そして、まだ誰も知らない。 

 打ち捨てられたガラクタに宿る神の名を呼ぶ、この少年こそが、忘れられた八百万(やおよろず)の神々を率い、この国の神話そのものを覆す存在になるということを。


 これは、そんな彼と、彼に名前を呼ばれた神々の戦いの物語である。

【作者からのお願い】


読んで頂きありがとうございます。

これからも本作品をよろしくお願いします。


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