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『戦の雪、心の氷』

正月の朝というものは、やけに静まり返っている。雪のせいか、それとも凍りついた空気が城内のざわめきを封じているのか。どちらにせよ、俺の胸のうちには、それとは裏腹にざわざわとした熱が渦巻いていた。


俺の名は藤次郎。伊達家の嫡男にして、六つの齢でありながら、父・輝宗公からいくつかの軍事的な相談を受けてきた。だが、今日ばかりは違った。城の広間には家臣一同が揃い、皆、父の言葉を待ち構えていた。


──これから、相馬を討つ。雪解けとともに。


その一言に、家臣らの顔が引き締まる。鬼庭左月の太い眉がビクリと動き、遠藤基信は小さくうなずき、実元叔父上は、少し目を細めた。父の口から発せられた言葉の重みは、幼い俺の胸にも深く突き刺さった。


ようやく本格的な戦が始まる。戦略も、兵站も、訓練も、準備は整えた。黒脛巾組の伊佐姉さまが撒いた偽情報も、うまく佐竹へと届いているらしい。


──今度こそ、俺の出番だ。


そう思って立ち上がった俺の前に、父が手を伸ばして制した。


「藤次郎。そなたはまだ、早い」


その言葉に、俺は思わず口をつぐんだ。父の眼差しは優しくも、決して譲ることはないと語っていた。


「いくら知略に長けていようとも、馬を乗りこなせぬ者が戦場で何ができよう。体もまだ小さい。そなたが討ち死にしては、民も兵も心を失う」


「……しかし!」


「わかっておる。そなたがどれだけ、この時を待ち望んでいたかもな」


父の言葉は、胸に沁みた。だが、同時にくやしさもこみ上げる。雪の朝の白さがやけに目に沁みて、顔をそむけた。


隣では喜多姉が、手ぬぐいを差し出してきた。「坊ちゃま、お鼻が真っ赤です」


「泣いてない! これは、寒さのせいだ!」


思わず声を張り上げたら、黒脛巾のくノ一たち──特に小春がくすくすと笑っていた。睦月は無表情で俺の背後に立ち、如月は屋根の上からこっそりと見ていた(のを、俺はちゃんと気づいている)。


そんな騒ぎの中、片倉小十郎が、そっと俺に声をかけてきた。


「藤次郎さま。御身の想い、我ら皆に通じております。戦とは、ただ剣を振るうことにあらず。背に重きを負う覚悟こそが、大将の務めにございます」


小十郎の言葉は、なぜか心にすとんと落ちた。俺の目指す戦の姿。それは、策を練り、兵を動かし、そして皆を守ること。そのすべてを担うためには──俺はまだ、未熟なのだ。


それでも、せめて……と俺は父に言った。


「父上。せめて、戦の地図を描かせてください。連弩の配備場所、進軍経路、補給線の確保。やらせていただけませんか」


父はしばし考えた後、笑ってうなずいた。


「うむ。それこそが、今のそなたの戦場だ」



米沢城の書院に戻ると、俺はさっそく筆と地図を広げた。連弩を量産して以降、兵たちの士気は高まっている。だが、雪解けの泥濘をどう乗り越えるか、補給線が絶たれた際の対応策、相馬の城郭構造、あらゆる要素を考慮しなければならない。


「わあっ、なんかすごい……!」と、小春が勝手に地図を覗き込む。


「お主、勝手に入るな!」


「えへへ、でもこういうのって、まるでおままごとの作戦会議みたいで楽しそう!」


「こら、それはおままごとではない!」


その横で、伊佐姉はさりげなく墨の補充をしてくれていた。「藤次郎、そなたの筆運び、少し上達したな」


「……そうかな」


「うむ。気持ちの乗った線というのは、必ず伝わる」


それは、くノ一として相手の心理を読む彼女だからこその、言葉だったのかもしれない。地図の線、布陣の意味、そのすべてに心を込めて描いていく。


──これは、俺の戦だ。


外はまだ、しんしんと雪が降っている。けれど、俺の胸にはもう、春の戦の火が灯っていた。

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