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『この矮小な身体で、未来を撃ち抜け』

まだ夜も明けきらぬ米沢の朝、城下に響くのは連弩れんどの鋭い射撃音だった。


 風は冷たく、空気には白く煙る霧が漂っていたが、その中を突き破るように無数の弩矢が並んだ的へと突き立っていく。訓練場では、百名を超える兵士が一斉に並び、無骨な新兵器──連弩の試用に励んでいた。


 俺はその様子を見下ろす土塁の上に立ち、膝に巻いた布を締め直す。寒さで震えながらも、目は鋭く、そして……何より、誇らしかった。


 伊達家初の本格的な連弩隊。その火蓋は、今、切られたのだ。


 「まさか……この歳で、ここまでやるとはな……」


 驚きの声が、すぐ隣から漏れた。


 振り返れば、そこには鬼庭左月と遠藤基信の姿がある。


 二人とも、信じられぬものを見るような目で俺を見ていた。


 「この……ちんまい身体のどこに、これだけの軍略が詰まっておるのか」


 鬼庭左月の口調は呆れ半分、感嘆半分だ。


 「馬鹿にするなよ。俺はな、伊達家の……未来を背負ってんだ」


 そう返すと、鬼庭の眉がぴくりと動く。


 「未来……だと?」


 「そうだ。たとえ六歳の小僧でも、背負う覚悟があれば、それが大将の器になるんだ」


 どこか芝居がかった口調だったかもしれない。


 だが、俺は本気だった。誰よりも本気で、伊達を、そしてこの国を変えるつもりだった。


 「放てッ!」


 その声が訓練場に響いた瞬間、百を超える弩が雷鳴のような音を上げて火を噴いた。


 同時発射。その精度と圧力は、並の弓矢とは比較にならない。


 それが、兵たちに実感として伝わったようだった。


 「うおおおおおっ!」


 若い兵士たちが歓声を上げる。的が一斉に崩れ落ち、空には矢羽根が舞っていた。


 「もう一斉射、構え!」


 俺の号令に、兵たちの動きが機械のように揃っていく。


 その統率力に、遠藤基信が唸った。


 「まるで……訓練を幾月も重ねたような完成度だ……」


 「いや、それは違うな。これは、兵たちが“未来”を見てる証拠だ」


 鬼庭左月が言った。


 「目の前にいる主君が、わずか六つでこれほどの戦術を構築し、戦場を変える力を持っていると分かれば……兵たちは命を預けるさ。むしろ、預けずにはいられまい」


 そこまで言われて、さすがに照れる。


 「それを言うなら、俺の体はまだ軽いし、斧も振れないんだぞ?」


 「斧は振れなくとも、心に火は灯せるということですな」


 遠藤の言葉に、俺は苦笑しながら頷いた。


 ◇


 訓練が終わると、俺は職人たちの控える工房へと移った。部品の供給、組み立て、試射と検品、そのすべてが一つのラインで流れるように整備されている。


 「おーい、あそこ! 引き金のバネが少し緩い、交換してくれ!」


 「こっちの弩、照準が微妙に右へズレてるぞ!」


 工房内では若い職人と兵士が一体となって作業にあたっていた。


 「……これもまた、戦場だな」


 呟いた俺の背に、ひゅるっと音がする。


 「おおっと失礼、藤次郎様!」


 笑顔で転びかけたのは、例によって伊佐。


 干し芋を口にくわえたまま、連弩の矢筒を抱えていた。


 「……また芋か、お前は芋で動いてるのか」


 「んー、芋は万能っしょ」


 伊佐が舌を出し、小夜が後ろでくすくす笑う。


 俺は笑いながらも、再び訓練場へと目を向けた。


 そこには、俺が目指す“未来”が、確かに息づいていた。



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