『弩を鍛つる春』
「もっと早く、もっと正確に。」
俺の声が二の丸館の庭に響く。木槌の音、削り屑の匂い、鉄を打つ火花。春の冷たい空気が肺を満たすたび、心が澄んでいくのを感じる。
俺は藤次郎。伊達家嫡男、六歳。だがこの胸には令和で学び尽くした知識がある。戦国の世を変える武器を作るため、今、職人たちの前に立っていた。
◆
「これが……連弩……」
年老いた木工師が震える指で連弩の試作品を撫でる。竹と木を組み合わせた骨組みに、鉄の部品が少しずつはめ込まれていく。
「藤次郎様、これを本当に量産なさるおつもりで?」
「当たり前だ。」
「しかしこの仕組み……」
職人の顔が曇る。
「複雑過ぎるというのですな?」
問いかけると、彼らは黙って頷いた。
「だったら簡単にすればいい。」
俺は試作品の弩を取り、部品を外しながら解説した。
「こことここは一体化できる。この溝は削る必要はない。引き金の金具は量産可能な形に変える。」
「しかし強度が……」
「必要なのは実戦で使えるだけの強度だ。一射、二射耐えれば十分だ。」
令和で俺が体験した量産技術、簡略化設計、工程の標準化。それらを戦国の道具作りに落とし込む作業を、六歳の手でやることになるとは思わなかったが、できることは全てやる。
「竹をもっと使え。軽いがしなりがあり、折れにくい。簡素な木組みで骨を作り、鉄は必要最低限だけ使え。鉄は大事だ、節約しろ。」
「……はっ!」
職人たちの目が変わった瞬間が分かった。
彼らの目に、子供ではなく、一人の“殿”が映ったのだ。
◆
「次!」
声を張ると、職人たちが連弩の部品を運び、試し組みを行う。
油を塗った引き金が滑らかに動く。矢を送る機構が引っかかる箇所を見つけ、砥石で削らせる。竹の弾性を活かすために、弦の張力と角度を微調整する。
「もう少し下。」
「ここか?」
「いや、もっと。」
「これでどうだ?」
「……いい。」
小さな声で答えると、職人が満面の笑みを見せる。
「これで間違いない、藤次郎様。」
俺は笑った。春の風が吹き抜け、庭の梅の香りが漂った。
◆
昼飯の時、伊佐と小夜が弁当を持ってきた。
「ほら、食べないと倒れるっしょ。」
「全く、仕事ばかりで寝ないのだから。」
「うるさい。」
だが弁当を手渡されると、その温かさが胸を打つ。
「ありがとう。」
「しっかり食べなきゃ、大将になれないっしょ。」
「大将になんて……」
「なるんでしょ?」
小夜の瞳が真っ直ぐ俺を見つめる。
「……なるよ。」
握り飯を頬張りながら答えた。梅の酸味が口の中に広がる。
(うまいな。)
こんな瞬間にも、戦場のことを考えてしまう自分に苦笑した。
(食うことも戦のうちだ。)
◆
午後、再び組み立てと試射。
「……放て。」
「はっ!」
乾いた音が庭に響く。矢が並んで板を打ち抜いた。
「よし。」
「連射だ!」
二射目、三射目。弦を引く音が続き、矢が飛ぶ。
「矢が逸れた!」
「修正する。」
矢が逸れた原因を追い、角度を直す。滑りが悪い箇所を削る。油を塗る。すぐさま調整を施す。
「再び放て!」
弓の弦が鳴り、矢が一直線に板の中央を貫いた。
「……できた。」
「すごい……」
職人の一人が涙をこぼした。
「これで……伊達が勝つ!」
◆
夜、火皿の灯りの下、試作品を一挺抱えて座っていた。
「連弩は完成した。」
矢を添えて、弦を引く。引き金を軽く引くと、矢が真っ直ぐ飛ぶ。
「これで……血を流さずに勝てる。」
「勝てるの?」
振り返ると喜多が立っていた。
「……勝つために作った。」
「勝つためだけ?」
「守るためだ。」
俺は視線を合わせた。
「伊達を守るため。民を守るため。そして、お前たちを守るためだ。」
喜多は少し笑った。
「それならいい。」
「明日から、量産を始める。」
「身体を壊さぬように。」
「わかってる。」
笑い合った。
春の夜風が障子を揺らし、火皿の灯りがちらつく。
(これが、戦国の夜だ。)
(これが、俺の戦だ。)
矢を放つ指先がわずかに震える。
だけどその震えは、恐れじゃない。
期待だ。
伊達家の未来に繋がる道を、自分の手で作っている。その興奮が血を沸かせていた。
「よし……」
矢を再びつがえる。
(行こう。これが俺の“春の戦”だ。)