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『弩を鍛つる春』

「もっと早く、もっと正確に。」


俺の声が二の丸館の庭に響く。木槌の音、削り屑の匂い、鉄を打つ火花。春の冷たい空気が肺を満たすたび、心が澄んでいくのを感じる。


俺は藤次郎。伊達家嫡男、六歳。だがこの胸には令和で学び尽くした知識がある。戦国の世を変える武器を作るため、今、職人たちの前に立っていた。



「これが……連弩……」


年老いた木工師が震える指で連弩の試作品を撫でる。竹と木を組み合わせた骨組みに、鉄の部品が少しずつはめ込まれていく。


「藤次郎様、これを本当に量産なさるおつもりで?」


「当たり前だ。」


「しかしこの仕組み……」


職人の顔が曇る。


「複雑過ぎるというのですな?」


問いかけると、彼らは黙って頷いた。


「だったら簡単にすればいい。」


俺は試作品の弩を取り、部品を外しながら解説した。


「こことここは一体化できる。この溝は削る必要はない。引き金の金具は量産可能な形に変える。」


「しかし強度が……」


「必要なのは実戦で使えるだけの強度だ。一射、二射耐えれば十分だ。」


令和で俺が体験した量産技術、簡略化設計、工程の標準化。それらを戦国の道具作りに落とし込む作業を、六歳の手でやることになるとは思わなかったが、できることは全てやる。


「竹をもっと使え。軽いがしなりがあり、折れにくい。簡素な木組みで骨を作り、鉄は必要最低限だけ使え。鉄は大事だ、節約しろ。」


「……はっ!」


職人たちの目が変わった瞬間が分かった。


彼らの目に、子供ではなく、一人の“殿”が映ったのだ。



「次!」


声を張ると、職人たちが連弩の部品を運び、試し組みを行う。


油を塗った引き金が滑らかに動く。矢を送る機構が引っかかる箇所を見つけ、砥石で削らせる。竹の弾性を活かすために、弦の張力と角度を微調整する。


「もう少し下。」


「ここか?」


「いや、もっと。」


「これでどうだ?」


「……いい。」


小さな声で答えると、職人が満面の笑みを見せる。


「これで間違いない、藤次郎様。」


俺は笑った。春の風が吹き抜け、庭の梅の香りが漂った。



昼飯の時、伊佐と小夜が弁当を持ってきた。


「ほら、食べないと倒れるっしょ。」


「全く、仕事ばかりで寝ないのだから。」


「うるさい。」


だが弁当を手渡されると、その温かさが胸を打つ。


「ありがとう。」


「しっかり食べなきゃ、大将になれないっしょ。」


「大将になんて……」


「なるんでしょ?」


小夜の瞳が真っ直ぐ俺を見つめる。


「……なるよ。」


握り飯を頬張りながら答えた。梅の酸味が口の中に広がる。


(うまいな。)


こんな瞬間にも、戦場のことを考えてしまう自分に苦笑した。


(食うことも戦のうちだ。)



午後、再び組み立てと試射。


「……放て。」


「はっ!」


乾いた音が庭に響く。矢が並んで板を打ち抜いた。


「よし。」


「連射だ!」


二射目、三射目。弦を引く音が続き、矢が飛ぶ。


「矢が逸れた!」


「修正する。」


矢が逸れた原因を追い、角度を直す。滑りが悪い箇所を削る。油を塗る。すぐさま調整を施す。


「再び放て!」


弓の弦が鳴り、矢が一直線に板の中央を貫いた。


「……できた。」


「すごい……」


職人の一人が涙をこぼした。


「これで……伊達が勝つ!」



夜、火皿の灯りの下、試作品を一挺抱えて座っていた。


「連弩は完成した。」


矢を添えて、弦を引く。引き金を軽く引くと、矢が真っ直ぐ飛ぶ。


「これで……血を流さずに勝てる。」


「勝てるの?」


振り返ると喜多が立っていた。


「……勝つために作った。」


「勝つためだけ?」


「守るためだ。」


俺は視線を合わせた。


「伊達を守るため。民を守るため。そして、お前たちを守るためだ。」


喜多は少し笑った。


「それならいい。」


「明日から、量産を始める。」


「身体を壊さぬように。」


「わかってる。」


笑い合った。


春の夜風が障子を揺らし、火皿の灯りがちらつく。


(これが、戦国の夜だ。)


(これが、俺の戦だ。)


矢を放つ指先がわずかに震える。


だけどその震えは、恐れじゃない。


期待だ。


伊達家の未来に繋がる道を、自分の手で作っている。その興奮が血を沸かせていた。


「よし……」


矢を再びつがえる。


(行こう。これが俺の“春の戦”だ。)



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