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『春雷、理で征す』

寺の門をくぐった瞬間、空気が変わった。


(ああ、戦の匂いだ。)


春だというのに、吐息はまだ白く、湿った土の匂いが胸を満たす。寺の庭に据えられた苔むした石灯籠、境内に咲きかけの梅、鐘楼から漏れる微かな鉄の匂い――すべてが静かに、しかし確実にこの場が“戦場”であることを知らせてくる。


俺は梵天丸。伊達家嫡男、六歳児(ただし中身は令和の高校生兼地政学マニア)。


そして今日は、戦国乱世において戦わずして勝つための一番の“口戦”を仕掛ける日だ。



本堂の奥へと通されると、障子越しに見える男の影は驚くほど揺れず、岩のような威圧感を放っていた。


大内定綱。大内家を束ね、知将と謳われ、気性の激しさと胆力を併せ持つ癖者。


(……さて、ひろゆき論破術でどこまで潰せるか。)


後ろでは虎哉宗乙師匠が例の鍋を抱えて座っている。


「鍋は心をほぐす道具じゃ、緊張するでないぞ」


(いや、今そんなこと言われても無理だからな。)


「ようこそ。」


障子が開き、鋭い目の男が姿を現す。大内定綱。痩せた顔に鋭利な刃物のような視線。だが、口元にはわずかな笑み。


「貴殿が伊達の梵天丸殿か。……ほう、本当に童か。」


「失礼な挨拶ですね、それ。」


即答した瞬間、空気がヒュッと引き締まった。


(ファーストカウンター成功。)


「……ふむ。」


定綱が顎を撫でる。


「で、貴殿がわざわざ来たということは、降伏勧告か?」


「違います。」


「違う?」


「戦わずして勝つための“提案”です。」


俺は目を逸らさずに言った。


「相馬はもう貴方の援軍には来ない。梵天丸様の策で退けられたのです」


「フン、小僧の策など――」


「逆に伺いますが、戦って勝てる算段は?」


定綱の眉がピクリと動く。


「こちらが攻めた場合、田村家と伊達家で南北を封じられ、補給路が絶たれる。籠城戦に持ち込めば疲弊するのはこちら。奇襲?伊達領は黒脛巾組が網を張り、貴方の動きは全て筒抜け。」


「……」


「そして万が一、勝ったとしても――民草が疲弊し、残るのは焼け野原。」


「だが、伊達に屈するというのか?」


「屈するんじゃない、利を取るんです。」


(ひろゆき論破モード発動)


「それってあなたの感想ですよね?私の策の方が合理的なんですよ。」


「なに……?」


「貴方が生き残る道は“血縁を結び、領地を安堵し、伊達家の家臣として強固な基盤を築く”ことです。それが今この瞬間、最もローリスクでハイリターンな選択です。」


「だが俺は戦場でしか――」


「今の話を聞いて、まだ戦場で戦うことに価値があると本気で思ってるんですか?」


「……!」


定綱の眉間に皺が寄る。


(うん、追い詰めてきた。)


「私から見て、貴方は有能な知将です。だからこそ、無意味な戦で死ぬべきではない。」


「子供のくせに……」


「大人だからって正しい判断ができるわけじゃないですよ。」


完全に空気が張り詰める。


大内定綱の手が、腰の刀にかかった。


(来るぞ……)


目を逸らさず、定綱の瞳を真っ直ぐに見つめた。


「……!!」


刀が半分抜かれた瞬間――


「ヒュッ」


風を裂く音がした。


「……!!?」


次の瞬間、定綱の髷がスパッと落ち、床に転がった。


部屋中が静まり返る。


障子の陰で、黒ギャル肌の伊佐が笑顔で「えへ♡」と静矢を引く音だけが聞こえた。


「お主……!」


「幼子を斬ろうとするなど――」


声が響く。


「――愚の骨頂じゃ!!!」


虎哉宗乙師匠が鍋を抱えて立ち上がり、定綱の頭をバシン!と扇子で叩いた。


「痛ッ!!」


「自分が何をしたか分かっておるのか!梵天丸殿を斬ろうなど、どれほど愚かしいことか!」


「くっ……!」


髷のなくなった頭を押さえる定綱。武士として最大の恥辱に顔を真っ赤にして震えているが、刀は完全に鞘に収まっていた。


「貴方に残された選択肢は一つ。」


俺は息を整え、言った。


「伊達家に臣従し、民を守り、家を守ることです。」


定綱の目が揺れた。


俺と定綱の間の空気が、微かに温度を帯びて揺れる。


遠くで春風が庭の梅の枝を揺らし、一枚の花びらが風に乗って室内へと舞い込んだ。


(ここからが、本当の勝負だ。)



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