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『春、寺へ向かう道すがら』

朝の米沢はひどく静かだった。


(いや、静かすぎるだろ……)


この世界に転生して六年、戦国の世で“梵天丸”として生きる中で、こんなに耳鳴りがするような静けさはそうそうなかった。雪は溶け、花の蕾はほころび始め、遠くでは川の流れる音が聞こえる。けれど、この胸の奥ではドクドクと血の音が響き、胸を痛めつけていた。


今日は“大内定綱”と会う日だ。


田村家と父・輝宗の伊達軍で南北を挟み、孤立無援の状態にした上での対面。武で討つこともできたが、それでは伊達家の未来に傷が残る。戦わずして勝つ。そのために俺がこの幼い体を使う。


(くそ、相馬も黙らせ、大内を屈服させ、これでやっと……)


その時、廊下をドスドスと音を立てて歩いてくる影があった。


「梵天丸殿、出立の用意は済んでおるか!」


「虎哉宗乙……!」


(なんでこのおっさん、そんなドヤ顔で来るんだ……)


宗乙師匠は胸を張って仁王立ちし、春の陽光を背にドヤ顔を決め込んでいた。僧侶のくせにやたら屈強な身体をしているから質が悪い。しかもその腕には“鍋”がぶら下がっている。


「これを忘れるでないぞ!寺参りに鍋は必需品じゃ!」


「なんで鍋持ってくるんだよ!」


「愚問だな梵天丸殿。おぬし、戦の帰りは腹が減るだろう!」


(この世界線、師匠だけコメディ寄りすぎるだろ……)


「鍋は大事だぞ!ほれ、小十郎、左衛門、鬼庭左月にも声をかけておる。」


確かに後ろで鬼庭左月と片倉小十郎が「鍋……」「鍋か……」と真顔でうなずいている。伊佐と小夜も黒ギャルくノ一スタイルで鍋を見て「やっぱ戦国女子は鍋っしょ♡」とか言ってる。


(こいつら全員、意外とノリいいんだよな……)



それでも――馬を引かれて表へ出た瞬間、空気が変わった。


米沢城の門を出ると、春の風が頬を打つ。まだ冷たいが、草の匂いを運んでくる風だ。視界の向こうには雪を残した山々が連なり、その先に小手森へ続く道がある。


「行くぞ、梵天丸殿。」


宗乙が鍋を肩にかけて言う。


「何があっても、わしはそばにおる。」


俺は頷いた。


(あの大内定綱に勝つ。言葉で、心で勝つ。)


「左月殿。」


馬を引いていた左月がハッと顔を上げる。


「もし大内がこの場で刀を抜いたら、速やかに切れ。」


左月が目を細める。


「お前を殺す者は、この世におらぬ。」


短く答えると馬の頭を撫でた。


(頼もしいよな……)


小十郎もその隣で黙っていたが、俺と目が合うと「殿なら大丈夫です」とだけ笑った。


(ああ、大丈夫だ。俺にはこいつらがいる。)



道中、寺へ向かう間もずっと、宗乙は横で鍋を振りながら語っていた。


「人間というものはな、腹が減ると心が狭くなる。だからわしは戦場にも鍋を持っていく。」


「……それで勝てるのか?」


「勝てる!」


「根拠は?」


「わしが言うからだ!」


(根拠なしかよ……!)


伊佐と小夜は「師匠、マジ草」「鍋で戦場制すとかギャルでも言わんわ」と爆笑している。


だけど、笑いながらも二人とも周囲を目だけで鋭く見回しているのを俺は知っていた。


(いつでも俺を守る準備をしている。)



寺が見えてきた頃、風が止んだ。


蝉の声もない春の静けさの中で、鐘の音が遠くで一度鳴った。


(ここからが本番だ。)


目の奥が熱くなる。


(大内定綱。この戦国の荒波の中で、お前がどれほどの男か知らんが、俺の未来のために屈してもらう。)


宗乙が鍋を置いて鐘の音を聞き、静かに笑った。


「いい顔になったのう、梵天丸殿。」


「当然だ。」


鍋を背負う師匠が大きく息を吐く。


「ならば行こうか、この春を勝ち取るために。」


寺の門が風に揺れ、俺たちの前に開いた。


この道の先で、未来を決める対話が始まるのだ。

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