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『託されし熱、送り出す決意』

風が暖かい。春の訪れを感じさせる空気が米沢城の回廊を吹き抜ける。


その風に乗って、緊張と覚悟の気配が城の奥へと伝わっていた。


私は伊達輝宗。父の遺した伊達家を背負いながら、家を保ち、家臣を養い、領地を守るため日々戦い続けている。だが、今この瞬間、私の胸を掴んで離さないのは戦の準備でも領民の訴えでもなかった。


「……片倉、小十郎。」


対面の間に立つその若武者を、私は見つめていた。


まだ十六になったばかりの若者である。だが、その瞳には炎があった。私が若かりし頃に持っていた、ただ前だけを見つめる光。その光は、私の息子――梵天丸が放った言葉を受けて燃えていた。


「大内定綱殿に使者として参じる。それが梵天丸様のご意向と承っております。」


小十郎は言い切った。膝をつき、頭を下げているが、その背筋は折れず、膝も揺れなかった。


私は唇を噛んだ。


(あの子の策は間違ってはいない。今この時、大内定綱を屈服させねば伊達の未来は拓けぬ。)


だが、それを行うのがこの若者で良いのか。


「小十郎。」


声が低くなる。


「お前は若い。未だ血の匂いも戦の重みも充分に知っているとは言えぬ。重責を負わせるには尚早かもしれぬぞ。」


「はい。」


小十郎の声は静かだった。


「それでも参ります。」


頭を上げたその瞳が私を射抜く。若く、純粋で、真っ直ぐだ。だがそれは時として戦場では愚かさになる。感情を捨てねばならぬ場で、心が折れることがある。


「お前は、恐ろしくはないのか。」


「恐ろしいです。」


即答だった。


「ですが――梵天丸様がお考えになられた未来を、私が成さねばならぬのです。」


梵天丸。まだ六歳の我が息子だ。


しかし、あの子は言った。


『父上、今が時でございます。戦わずして勝ち、大内定綱殿を我が家臣とする。戦を避け、民を救い、力を強めるのです。』


あの小さな声が、今も私の耳に残っている。


「大内定綱は腹の読めぬ男だぞ。」


「承知しております。」


「伊達の使者が討たれれば、戦だ。」


「その覚悟で参ります。」


私の拳が膝の上で震える。


(あの子が描いた未来。それをこの若武者が担うというのか。)


「小十郎。」


「は。」


「行け。」


その言葉を発した時、胸の奥が痛んだ。


(これで良いのだ。)


小十郎が頭を深く下げる。


「この片倉小十郎、命に代えても梵天丸様の御意を遂げて参ります。」


「待て。」


私は懐から和紙を取り出した。あの子が湯治場で筆を執り、震える手で書いた書状だ。


『大内定綱殿へ』


伊達家の血筋に連なる姫を輝宗の養女とし、大内定綱殿へ嫁がせる。これを以て血縁の結びとし、伊達家臣としての臣従を求む――。


「これを渡せ。」


「はっ。」


小十郎が両手で受け取る。その手が震えているのを私は見逃さなかった。


(震えて良い。震えるなという方が酷だ。)


「良いか、小十郎。」


「は。」


「大内定綱殿に伝えよ。戦を避け、血を避け、未来を掴む道があると。」


「必ず。」


その言葉を最後に、小十郎は立ち上がり、深く頭を下げて後ろへ下がった。


(あとは信じるだけだ。)


去って行く小十郎の背を見送りながら、私は自らの拳を握り直した。


「梵天丸……お前の未来が、今動き出す。」


春の風が障子を揺らした。その風が、大内への道を知らせるかのように香っていた。

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