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7/12

『父が見た、器の中の小さな炎』

朝の光は、昨日よりまぶしく感じた。


 それは、体調が少し戻ったからか、

 あるいは──この右目がもう見えないからなのか。


 


 その日の昼下がり、

 父・伊達輝宗が、ふたたび部屋を訪れた。


 


 その姿を見た瞬間、空気がすっと張り詰める。


 肩衣を羽織った簡素な格好でも、

 その背筋と眼差しに宿る“重さ”は隠せない。


 まさに、大名としての風格。


 


 「……梵天丸」


 


 名前を呼ばれた瞬間、

 小さな自分の身体が、ぎゅっと引き締まるのがわかった。


 


 「目の痛みは、いかがだ」


 


 「はい……もう、あまり痛くありません」


 


 声がうまく出た。

 父の目が、わずかに細くなる。


 


 「左目の輝きは、失われておらんようだな。よきことだ」


 


 その言い方に、ちょっとだけ笑ってしまいそうになる。


 “輝き”って。


 ……失った右目の分を、盛ってもらってる気がして、妙にうれしかった。


 


 「──片倉小十郎を、許したと聞いた」


 


 父が口にしたその名前に、一瞬、心が跳ねた。


 でも、もう目をそらすことはなかった。


 


 「はい。……俺が生きてるのは、小十郎のおかげですし。

  右目は失いましたけど……命の代わりなら、安いくらいです」


 


 そう言ったら、父の眉がぴくりと動いた。


 


 「……ふむ。おまえの歳にしては、ずいぶん大人びた言い草だな」


 


 いや、中身は17歳の男子高校生ですけど!?

 とは、もちろん言えない。


 


 「子供のくせに、大きな器よ」


 


 そう言って、輝宗はふっと息を吐いた。


 ──“器”。


 それは、この時代において最も尊ばれる言葉。


 人を許し、人を使い、人を束ねる“将”に求められる資質の証。


 


 「……小十郎を“自分の右目として頼みたい”と、そう言ったそうだな」


 


 「あ……はい。

  見えないところを、代わりに見てくれる人がいたら、心強いと思って……」


 


 ちょっと恥ずかしくなって、視線を落とした。


 


 「たとえ片目でも──見えない分は、信じればいいと思いました」


 


 父はしばらく黙っていた。


 そして、ゆっくりと立ち上がると、障子越しの庭を見た。


 


 「梵天丸」


 


 「……はい」


 


 「器が大きければ、それでよいというものではない」


 


 「……?」


 


 「大きな器には、それ相応の“何か”を注がねばならぬ。

  己の信、志、情、欲。──あるいは、ただの空虚。

  おまえが今、その器に何を注ぎ込もうとしているのか……

  儂は、それを見たいと思っている」


 


 その言葉は、まっすぐ俺の胸に届いた。


 


 「……俺の器が空なら、これから何か入れます」


 


 「ふむ」


 


 「失った目の分だけ、誰かを見つめます。

  その人たちのために、何かを入れていけるように──頑張ってみます」


 


 輝宗は、背を向けて歩き出した。


 けれど、襖の前でふと立ち止まり、振り返った。


 


 「梵天丸。──その器が溢れそうになったら、遠慮なく儂に申せ」


 


 「え……」


 


 「儂は父親だ。器が足りぬときには、器を足してやる。

  それが親の務めだろう」


 


 不器用な言い方だけど──たぶん、それがこの人なりの“愛情表現”なんだ。


 


 思わず、胸が熱くなった。


 


 「……はい、父上」


 


 「うむ。──顔色も悪くない。すぐに座学を再開できような」


 


 「えっ!? ちょ、ちょっと回復期ってことで……もう少し寝たいんですけど……!?」


 


 「大きな器には、大きな知が必要だ」


 


 畳みかけるようにそう言い残して、父は静かに去っていった。


 


 ……マジかよ。


 ほんとに、俺が一番恐れてるの、戦じゃなくて“勉強”かもしれない。


 


 とはいえ──


 


 父が、俺を「器」として見てくれたことが、

 心のどこかで、ずっと暖かく残っていた。


 


 きっとそれが、

 俺が“梵天丸”として生きていく覚悟を、少しずつ形にしていくんだろう。

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