『父が見た、器の中の小さな炎』
朝の光は、昨日よりまぶしく感じた。
それは、体調が少し戻ったからか、
あるいは──この右目がもう見えないからなのか。
その日の昼下がり、
父・伊達輝宗が、ふたたび部屋を訪れた。
その姿を見た瞬間、空気がすっと張り詰める。
肩衣を羽織った簡素な格好でも、
その背筋と眼差しに宿る“重さ”は隠せない。
まさに、大名としての風格。
「……梵天丸」
名前を呼ばれた瞬間、
小さな自分の身体が、ぎゅっと引き締まるのがわかった。
「目の痛みは、いかがだ」
「はい……もう、あまり痛くありません」
声がうまく出た。
父の目が、わずかに細くなる。
「左目の輝きは、失われておらんようだな。よきことだ」
その言い方に、ちょっとだけ笑ってしまいそうになる。
“輝き”って。
……失った右目の分を、盛ってもらってる気がして、妙にうれしかった。
「──片倉小十郎を、許したと聞いた」
父が口にしたその名前に、一瞬、心が跳ねた。
でも、もう目をそらすことはなかった。
「はい。……俺が生きてるのは、小十郎のおかげですし。
右目は失いましたけど……命の代わりなら、安いくらいです」
そう言ったら、父の眉がぴくりと動いた。
「……ふむ。おまえの歳にしては、ずいぶん大人びた言い草だな」
いや、中身は17歳の男子高校生ですけど!?
とは、もちろん言えない。
「子供のくせに、大きな器よ」
そう言って、輝宗はふっと息を吐いた。
──“器”。
それは、この時代において最も尊ばれる言葉。
人を許し、人を使い、人を束ねる“将”に求められる資質の証。
「……小十郎を“自分の右目として頼みたい”と、そう言ったそうだな」
「あ……はい。
見えないところを、代わりに見てくれる人がいたら、心強いと思って……」
ちょっと恥ずかしくなって、視線を落とした。
「たとえ片目でも──見えない分は、信じればいいと思いました」
父はしばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと立ち上がると、障子越しの庭を見た。
「梵天丸」
「……はい」
「器が大きければ、それでよいというものではない」
「……?」
「大きな器には、それ相応の“何か”を注がねばならぬ。
己の信、志、情、欲。──あるいは、ただの空虚。
おまえが今、その器に何を注ぎ込もうとしているのか……
儂は、それを見たいと思っている」
その言葉は、まっすぐ俺の胸に届いた。
「……俺の器が空なら、これから何か入れます」
「ふむ」
「失った目の分だけ、誰かを見つめます。
その人たちのために、何かを入れていけるように──頑張ってみます」
輝宗は、背を向けて歩き出した。
けれど、襖の前でふと立ち止まり、振り返った。
「梵天丸。──その器が溢れそうになったら、遠慮なく儂に申せ」
「え……」
「儂は父親だ。器が足りぬときには、器を足してやる。
それが親の務めだろう」
不器用な言い方だけど──たぶん、それがこの人なりの“愛情表現”なんだ。
思わず、胸が熱くなった。
「……はい、父上」
「うむ。──顔色も悪くない。すぐに座学を再開できような」
「えっ!? ちょ、ちょっと回復期ってことで……もう少し寝たいんですけど……!?」
「大きな器には、大きな知が必要だ」
畳みかけるようにそう言い残して、父は静かに去っていった。
……マジかよ。
ほんとに、俺が一番恐れてるの、戦じゃなくて“勉強”かもしれない。
とはいえ──
父が、俺を「器」として見てくれたことが、
心のどこかで、ずっと暖かく残っていた。
きっとそれが、
俺が“梵天丸”として生きていく覚悟を、少しずつ形にしていくんだろう。