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『初暁に立つ──若者に降り注ぐ日ノ本の光』

 寒さが骨に染みる──などという言葉では、とても足りなかった。


 空気が、刃のようだった。


 米沢城の天守の上、私は白い吐息を宙へと送りながら、ただひたすら東の空を見つめていた。まだ、闇の名残が残っている。けれど、彼方の雲の裏に、何かが動いている気配があった。


 城内は、まだ静まりかえっていた。


 家中の者たちは、それぞれ祝言の準備に忙しい。母上と弟は奥で身支度を整えていることだろう。だが、私は──どうしてもここで、この瞬間を、迎えねばならなかった。


 今日、年が明けた。


 今日、私はまたひとつ、前に進まねばならぬ。


「殿──」


 声に振り向けば、片倉小十郎がいた。長く伸ばした髪に雪を払った跡があり、頬は赤い。鬼庭左衛門も無言で後ろに控えていた。ふたりの他にも、黒脛巾組の面々が、天守の下からそっと見上げているのが分かる。


 彼らが見守ってくれているだけで、心が静かに澄んでいく。


 そして──その瞬間が訪れた。


 空が、淡く滲むように、朱に染まりはじめる。


 凍てついた大地の隙間から、世界がじわりと目を覚まし始める。

 輪郭を持たぬ曖昧な光が、最初はそっと空を撫で、やがて、峯の向こうから金の矢となって弾けた。


 初日──。


 それは、恐ろしいほどに眩かった。


 何もかもを焦がすような、純然たる光だった。


 私は息を呑んだ。


 その光は、ただ空を照らすのではない。

 まるで、若者の額に、魂に、胸に、未来に、容赦なく降り注ぐようだった。


 己の影が、背に長く伸びていく。

 まるで過去が後ろへと引きずられていくようだった。


「……これが、初日の、力か」


 口に出してから、その言葉が浅はかに思えた。

 言葉になど、収まるものではない。


 ただ、胸の奥に、ひとつ確かなものが宿っていくのが分かった。


 雪は止んでいた。


 天守の瓦に残る白も、朝日に照らされてわずかに融け出していた。

 私はその融けゆく雪を指先でなぞりながら、隣に立つ小十郎に言った。


「……この光に、応えねばならぬ。俺たちは」


 彼は黙ってうなずいた。

 その表情には、忠義ではなく、共鳴があった。


 鬼庭左衛門もまた、太陽を見上げたまま口を開いた。


「伊達に生まれた我らが、この光を背負えぬなら、誰が背負いましょう」


「……背負うさ。背負って、倒れて、また立ち上がる」


 それでいい。


 ただ、戦に勝つだけのために生きるのではない。


 この世に、何かを残すために生きるのだ。


 それが、いま、この朝に立つ者の使命。


 私は胸を張った。


 まだ少年の骨格を残す身体だが、足も、心も、前を向いていた。


 この一年──

 俺は、磐城を見据える。


 相馬を倒す。佐竹の背を踏み、常陸を抜け、京へと向かう。


 それがただの夢ではない証に、今日、こうしてこの光のもとに立っている。


「初日よ。天のもとに恥じぬよう、我が生を使いきろうぞ」


 言葉の先に、誰の姿もなかった。


 だが私は確かに、不動明王の目を、背に感じていた。


 誓ったのだ。ならば──進むしかない。


 光が、強くなる。


 まるで私たちを試すように、天は容赦なくその熱をぶつけてくる。


 だが、痛くはなかった。

 あたたかかった。胸を焼くように、静かに熱かった。


 私はそっと掌をかざし、その光を、掴もうとした。


 それが叶わぬことと知りながらも──ただ、掴みたかった。


 小十郎が苦笑した。


「それは掴めませぬよ、殿」


「分かっている。……だが、掴もうとすることに、意味がある」


 少年の言葉だと思われてもいい。


 年は改まった。だが、年が私を変えるのではない。


 この手で、変えてゆく。


 初日の光は、未だ衰えぬまま、東の空を支配していた。


 私たちは、その光の中、しばらく黙っていた。


 そして、誰よりも先に一歩を踏み出す。


 私は、戦国を駆ける者として──

 この年を生きると、胸に刻んだ。

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