『囲炉裏に描くは、天下の路──若き日の野望、いま語られる』
囲炉裏の火が、ぱちぱちと鳴った。
俺たちは、その囲炉裏を囲んでいた。俺──梵天丸と、片倉小十郎、それに鬼庭左衛門。寒さの深まる米沢の屋敷に、しんしんと雪が降る音が静かに響いている。
「……梵天丸様、そのような顔をされては、火の神も畏れを抱きますぞ」
左衛門が笑った。無骨な顔に刻まれた皺が、火に照らされて揺れていた。
「うむ。まるで炎に何か映しておられるように見えるな」
小十郎も苦笑まじりに言った。まだ年若いはずの彼だが、その物腰はすでに侍としての風格を漂わせていた。
「……映していたよ」
俺は囲炉裏の灰に、指でゆっくりと線を引く。
「この道は、相馬へ抜ける街道だ。ここが磐城──浜通りのことじゃ」
「……」
「……」
二人は黙った。
「この道をまっすぐ南下すれば、常陸に通じる。更に南は、江戸、そして関東、ひいては京へも道がつながる」
「そ、それは……」
小十郎が言葉を失った。左衛門の目も、囲炉裏の灰に描かれた俺の指の軌跡に吸い寄せられていた。
「この灰の道が、俺には見えるんだ。いや──見ねばならぬ」
囲炉裏の火が、俺の言葉を焚きつけるように、強くなった気がした。
「我が伊達の地は、山に囲まれ、冬は厳しく、平地も乏しい。だが海を手にすれば──」
「……港を、手に入れるおつもりで?」
小十郎の声が震えていた。それは恐れではない。信じたくても信じきれぬ“未来”を、六歳の子供が描いているという現実に、心が追いついていないだけだ。
「相馬は海を持っておる。磐城はその先、常陸はさらに南。……ここまで道をつなげれば、兵を動かすにせよ、物資を運ぶにせよ、都へ手を伸ばすにせよ、道がつながる」
俺は囲炉裏の灰に、またひとつ線を加える。
「これは、陸の道。だが同時に、船で海を南下すれば、もっと早く、敵地の背後にすら手をかけられる」
「……まさか、船まで考えておられるのですか……」
「当然だ」
俺は指先を止めない。囲炉裏の灰の中に、次なる地形の輪郭を刻む。
「だがその前に──」
俺はふたりを見た。まっすぐに。
「その道を開けるだけの力と、支える者が必要だ」
「……」
小十郎が言葉を呑む。左衛門も無言だ。
俺は火の中を見つめながら、さらに口を開いた。
「……最上、蘆名、佐竹、そして織田……」
「……すべて、殿下の地より外にございますな」
「そうだ。外の力を知らねば、俺たちはここで、雪に埋もれて終わるだけだ」
囲炉裏の火が揺れた。いや、俺たちの心が、炎のようにゆらいでいたのだ。
「黒脛巾組にはすでに命じた。最上、蘆名、佐竹、相馬、そして信長──京のことまで、逐一、動静を報せよと。……その上で、いま俺が動かそうとしているのが──」
「……大内定綱」
小十郎が呟いた。俺は頷く。
「小手森城。相馬と最上の狭間にあるこの城が、鍵だ」
「定綱を引き込めば、相馬に揺さぶりをかけられる。いざ戦となれば、挟み撃ちが可能ですな」
左衛門が咄嗟に理解する。やはり戦士の家の子、考えが早い。
「そう。そして……定綱は、父や兄に不満を持っていると聞く。調略次第では、我が味方になり得る」
俺はそう言って、灰に描いた輪郭のひとつに、指で“×”を描いた。
「裏切るなら、ここで裏切らせる。味方にするなら、今だ」
囲炉裏を囲む空気が変わった。
もはや、そこには六歳の子供を囲む青年たちの姿ではない。
戦の行く末を左右する者たちが、火を囲んでいた。
「……まさか……六歳で……」
左衛門が呟いた。
「六歳で、天下の道を描かれるとは……」
小十郎の声が震えていた。
「お二人とも」
俺は、言った。
「俺は、遊びで言っているわけではない。……戦が嫌いだからこそ、戦の道を描く。人が死ぬのがいやだからこそ、早く終わらせるための勝ち方を考える」
囲炉裏の火が、また、ぱちりと鳴いた。
「……だが、俺ひとりでは何もできぬ。ゆえに、お前たちを頼る」
「梵天丸様……」
「この道を、ともに歩んでくれるか?」
静かに問いかけた。
返事は、必要なかった。
左衛門は黙って膝をつき、拳を地につけた。
「御意……この命、殿下の道に」
小十郎も、同じように頭を垂れた。
「わたくしも……いかなる困難があろうとも、お傍にございます」
その姿に、俺の胸もまた、熱くなった。
──囲炉裏の火は、未来を映す炎。
その炎を囲む我らは、まだ若い。
だが、この囲炉裏から立ち上る煙は、いずれ──
天下をも燻らせる狼煙とならん。