『忠義の萌芽──若き誓いと、新たなる時代の兆し』
報せが入ったのは、まだ朝の霞が城を包んでいた頃だった。俺の命で下された恩賞が、正式に発布されたというのだ。
黒脛巾組に五百石。小夜と伊佐には百石ずつ。そして、喜多、片倉小十郎、鬼庭左衛門にはそれぞれ二百石──。
父・輝宗様の許しを得るのは容易ではなかった。だが、未来を見据えるならば、若き才と忠義に報いねばならぬ。俺は六歳の子としてはありえぬ理屈を並べたが、それが通ったのは、ひとえに“情報と忠誠”という言葉が父の琴線に触れたからだろう。
報せを聞いた彼らの姿は、今も脳裏に焼きついている。
まずは片倉小十郎。まだ名を景綱とは名乗っていないが、すでにその眼差しには、武士としての誠実さと器量が垣間見える。
「……わたくしごときに、過ぎたる誉れ……」
そう言って深く頭を下げた彼の声音は震えていた。いや、震えというより、心の底からの驚きと喜び、そして責任感の現れだったのだろう。
その隣に控えていた鬼庭左衛門──左月殿の御子息にして、若き日の勢いを全身に纏った好漢──が、真っ直ぐにこちらを見据えた。
「梵天丸様の御目にかないしこと、武門の誉れにございます!」
少しばかり口の利き方は粗いが、そこに嘘はない。彼の言葉は直球で、飾り気がない。そういう男の忠義ほど、信用に値するものはない。
そして喜多。
小十郎の姉であり、俺に常に寄り添ってくれる侍女でもある。
「この身、主君のために在りとう存じます……」
言葉を紡ぐ彼女の目元に、涙が光っていた。その涙は、たんに喜びによるものではなかった。幼き主からの恩賞に、女であることの限界を打ち破ろうとする強き覚悟が混ざっていた。そう感じた。
ああ、俺はいい家臣を持った。
小夜と伊佐は、くノ一らしく動きに無駄がない。黒髪に金の飾り紐、夜闇を溶かすような笑みを浮かべる小夜。茶髪に白い額当て、快活な動きを見せる伊佐。
二人とも黒ギャル風の装いを崩さずに、礼装のまま頭を下げた。
「……忍びに領地など、望みもせぬものと思っておりました。しかし、主君が下さるならば……命以上に大切にいたします」
「これより先の働き、今ここにお誓いいたします」
その姿に、俺の胸は熱くなった。
この身に宿る記憶は、遠き未来のもの──令和という時代から来た知識が脳裏を巡る。だが、知識だけでは人の心は動かぬ。人は、信じた者の言葉と、その姿勢に心を動かされるのだ。
俺は、まだ梵天丸でしかない。だが、この名のままでも成せることがあると信じている。
「……皆、よく仕えてくれた。これより先も、その志を忘れぬようにな」
静かにそう告げたとき、一瞬の沈黙が訪れた。
まるで風が止み、時がその場に留まったかのような、澄んだ静けさ。
次の瞬間、小十郎が膝を深くつき直し、低く頭を垂れた。
「梵天丸様こそが、我らの主にござりまする」
それを皮切りに、左衛門も、喜多も、小夜も伊佐も、まるで心を一つにしたかのように、口々に忠誠の誓いを述べ始めた。
「命に代えても、お守り申し上げます」
「我が家は代々伊達家に仕えてまいりましたが……本日よりは、梵天丸様に心を捧げまする」
「姫として育てられましたが、侍女としても、誇りを胸に参ります」
「我ら黒脛巾組、陰より光を支えましょう」
「この命、すでに主君のものと心得ております」
若者たちの声が重なる。
幼き主君に対し、心から忠義を尽くす決意の声が。
それはもはや、ただの子供の遊びではない。
この声、この想いが、未来の伊達家を形作る礎となる──俺には、そう確信できた。
ふと、脇にいた年配の家臣のひとりが、ぽつりと呟くのが耳に届いた。
「……梵天丸様のやりようも、悪くないかもしれぬな」
声の主は、いつもは俺を一瞥しても表情一つ変えぬ老臣だった。
その彼が、驚いたような、しかし納得したような顔で呟いたのだ。
そのひと言は、まるで水面に落ちた一滴の雫のように、静かに波紋を広げた。
周囲の家臣たちも、次第に囁き始める。
「まことに、先見の明か……?」
「黒脛巾に五百石など、かつては考えられぬこと」
「だが、時代は変わりつつあるのかもしれん……」
彼らの声が、風のように俺の背を押す。
六歳の子供などと侮られていた俺の立ち位置が、少しずつ、しかし確かに変わり始めている。
俺はまだ、政宗とは名乗らない。だが──。
この梵天丸としての一歩が、誰かの心を動かしたのだ。
その事実が、たまらなく嬉しかった。
いつの日か、名実ともに「伊達政宗」となる日まで。
俺はこうして、ひとつずつ積み上げていくしかないのだ。
忠義の種は、確かにこの日に蒔かれた。
若者たちの心に、熱く、深く、刻まれたのだ──俺の言葉と、覚悟が。
そして、この日の城は、静かに、だが確かに。
ひとつの時代の始まりを告げる空気に包まれていた。