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『若き才に、未来を託す──恩賞は、投資にあらずや』

書院の広間に、再び静謐な時間が訪れていた。

 墨の香りと障子越しの陽が、静かに時を刻んでいる。


 父・伊達輝宗より、黒脛巾組への五百石を認められた俺──梵天丸は、その文状を懐に収めた後も、まだ膝を正したまま、頭を下げ続けていた。


 父がふと、怪訝そうに口を開く。


「……まだ何かあるな?」


「はっ。恐れながら、重ねて願いがございます」


「ほう……連なる願いとなると、ただでは済まぬ予感がするな。申してみよ」


 俺はゆっくりと顔を上げ、真っ直ぐに父の目を見据える。


「喜多源八、片倉小十郎景綱、鬼庭左衛門……この三名に、二百石ずつの領地を」


 父の筆が止まった。


「さらに、小夜と伊佐──このふたりに、百石ずつ」


 その瞬間、父の顔に確かな動揺の色が走った。眉根が寄り、目の奥にほんの一瞬だが、ためらいの影が差した。


「そなた……冗談ではあるまいな」


「いえ、至極まじめにございます」


「喜多と片倉はまだ十代半ば、小夜と伊佐に至っては、成人前の身……百石や二百石を賜るには早すぎよう」


 父の声は柔らかく、だが慎重だった。確かに、戦国の常識としては無理もない。百石は小さき知行ではなく、家格の証である。無闇に与えれば、周囲の目も、家中の秩序も揺らぐ。


 だが――


「父上。お言葉ながら、これは“今”のための恩賞ではなく、“未来”のための布石にございます」


「未来、だと?」


「はっ。今の戦を支えるのは過去の力であり、今から十年後、二十年後を支えるのは“今の若き才”です。もし、我らが将来を託すに足る人材に“早すぎる”と渋るならば、他国の家が彼らを拾ってしまいましょう」


 父の目が鋭く光る。だが、俺は退かない。


「才ある者に、相応の地位と恩賞を与えず、“歳を取ってからでよい”とする風潮は、令和の時代にも多くの才を潰してまいりました」


「……令和?」


 父が不思議そうに口にする。


「そなた、またその疱瘡の死の淵で見た“未来語”を」


「はい。“令和”とは、百五十年後の世でございます」


 父は小さく苦笑した。


「またそのような。──で、“令和”ではどうであった」


「……若き才を“年功序列”で潰した国家は衰退し、逆に若者に投資した国ほど、世界の先を行きました。武を鍛え、智を磨き、忠を貫いた者に正当な見返りを与えなければ、人は離れます。武家の恩賞とは、“過去への褒美”でなく、“未来への投資”にございます」


「未来への……投資、か」


 父は、静かに呟いた。庭を見やる眼差しは、どこか遠くを見ていた。


「喜多は粗野ながら誠実、小十郎は智を持ち、左衛門は戦場での忠義にて己が命を賭けた男──小夜と伊佐に至っては、この梵天丸の命を賭して守った影の者にございます。彼らの忠義は、石高では測れませぬ」


 俺は一度、深く頭を下げた。


「どうか、未来の柱を、今のうちに育てる礎とさせていただきたく」


 長い沈黙が、再び書院に満ちた。


 墨の乾く音が、やけに大きく聞こえるほどだった。


 やがて、父は立ち上がり、軋む畳を踏んで俺の正面に来ると、そっと膝を折った。


「梵天丸……そなたの申すこと、まことに尤もに聞こえる。だがな──これは、伊達家という“大河”の流れを曲げる行為だ」


 俺は拳を握り、額を床に近づけた。


「それでも、やらねばならぬと考えます」


「なぜそこまで?」


 父の問いに、俺は迷わず答えた。


「それが、“天下を取る者の器”にございます」


 父の瞳が、大きく見開かれた。

 そして、ふっと──小さく、笑った。


「……まったく。六歳にして、天下人の器を語るとは……それを嗤う者がいても、父であるこの輝宗だけは笑わぬぞ」


 立ち上がった父は、再び机に向かい、筆を取った。


 そして、墨を含ませるや、さらさらと五枚の文書を一気に書き上げる。


 一枚目──片倉喜多に二百石

 二枚目──片倉小十郎に二百石

 三枚目──鬼庭左衛門に二百石

 四枚目──小夜に百石

 五枚目──伊佐に百石


 それらを手ずから封し、俺の前に差し出した。


「受け取れ、政宗。──そなたの未来を、我も見てみたくなった」


 俺は震える手でそれを受け取り、深く頭を下げる。


「父上……このご恩、いつの日か、天下万民にてお返しいたします」


「ふふ……言うに事欠いて“天下万民”か。そなたは一体、どこまで見るつもりだ」


「“伊達の竜”として、遥か彼方の未来まで、でございます」

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― 新着の感想 ―
> はい。“令和”とは、百五十年後の世でございます 400年追加御願い致します。 m(_ _)m
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