『影に歩む道──忍びの里へ、秘密を護る旅』
深く冷え込んだ冬の夜明け前。米沢の城下は白く凍てつき、まだ目覚めぬ家々の屋根にうっすらと霜が降りていた。
俺は伊達政宗──今はまだ、梵天丸の名を帯びる六歳の童だ。
だが、精神は異なる。前世で生きた記憶と知識が、俺の中には明確に息づいている。
父・輝宗に渡した連弩の設計図は、領内に少しずつ波紋を広げていた。だが、同時に恐れていた懸念もまた生まれていた。
──情報が漏れる危険。
それを防ぐには、影に生きる者たちの力が不可欠だ。
「……では、参りますか。ぼんさま」
小夜が静かに声を落とした。月明かりの下、黒装束の裾を風に翻し、くノ一としての気配を完璧に隠している。
一方、伊佐は腰に下げた鎖鎌を指で弄びながら、軽やかに笑っていた。
「いや~雪道マジで滑るんすけど~。ぼんさま、転ばないでね? 抱っこ、する?」
「……歩ける」
俺が低く言うと、伊佐は「ですよね~」と笑いながら先へと進んでいく。
この二人は、俺専属の黒脛巾組。いずれ伊達の“影”となってもらう存在だ。
向かうは、山奥の隠れ里。
黒脛巾の里。名もなき谷間に、影の者たちが世を忍び生きる集落があるという。
そこにいるのが、“影目付”とも呼ばれる忍びの頭領──影主・霞玄斎。
雪を踏みしめながら、俺たちは森の獣道を進んだ。
道中、小夜は一言も発せず、先頭を黙々と歩く。伊佐はその背後で鼻歌を交え、時折枝にぶつかりながらも油断はない。
俺はその背に、遠い過去と未来の間にある“忍び”の匂いを嗅いでいた。
道を曲がると、ひっそりと佇む木製の鳥居が姿を現した。
朽ちかけた注連縄。見上げると、風でたなびく紙垂。
「着いたよ、ぼんさま」
伊佐が指さす先、竹林の中に一軒の古屋敷が見えた。
堂々とした茅葺屋根。そこから漏れる灯火は、外の寒さとは対照的な温かみを持っていた。
小夜が一歩前に出て、指で風を切るような印を結ぶ。
その直後、屋敷の影から三つの人影が姿を現した。
その気配の重さに、俺は思わず口をつぐんだ。
──強い。鍛えられた影の者たちの、獣のような存在感。
中央に立つ老人が、一歩前へと進み出る。
灰混じりの髪を後ろで束ね、深い皺の中に鋭さを宿した双眸。
「そなたが……梵天丸殿か」
その声は枯れていながらも、森の空気を裂くような迫力を持っていた。
「はじめまして、影主どの。俺は……伊達梵天丸。黒脛巾の力を借りたく、まかり越しました」
六歳の体にしては異質な落ち着きを持つ声音に、老人──霞玄斎は目を細めた。
「これは……ただの童ではないようじゃの」
その言葉の奥にある意味を、俺は胸の奥で受け止めるしかなかった。
これから始まるのは、伊達家の“影”を鍛え上げるための序章。
影の道を歩む者たちの力を、俺はこの手で掴み取る──。