『諸葛の幻影、未来を射る──梵天丸、連弩を描く』
俺は、硯の筆を置き、深く息を吐いた。
「……できた」
絹のように薄い和紙に、細やかな線を重ねた“それ”は、幼子が描く絵にしては不自然すぎるほど正確だった。
歯車、装弦機構、斜めに重なり合う矢の装填口──
連弩。
中国・三国時代、かの名将・諸葛孔明が開発したとされる連射可能な弩である。
もちろん、史実では資料が乏しく、その実在すら疑問視される兵器。
だが、俺の記憶にある“連弩”は、あらゆる意味で戦術を塗り替えるに足る兵器だった。
「父上に、これを見せねばなるまい……」
俺はそっとその設計図をたたみ、懐にしまう。
──その日の午後。
米沢城の主殿。
父・伊達輝宗は、上席の図面を前に思案を巡らせていた。
国取りに向けた施策、収穫の少なかった今年の分配、そして何より“隣国の動き”。
その背を、俺は見つめていた。
この人に、いつか俺のすべてを預ける日が来るかもしれない。
いや、預けねばならぬ日が──
「父上。僭越ながら、ひとつ献策がございます」
「梵天丸か。よかろう。申してみよ」
俺は懐から設計図を取り出し、膝をついて手渡した。
「“弩”――すなわちボウガンの、さらなる発展案にございます。これが……“連弩”にございます」
輝宗は眉をひそめつつも、紙面を開いた。
その手が、ぴたりと止まる。
「……これは?」
「一度の装填で、複数の矢を続けて放てる仕組みにございます。引き金ひとつで複数の矢を、立て続けに」
「まるで火縄銃の乱射のような……。だが、火薬を使わぬとなれば、音も煙も出ぬ……」
父は目を細め、矢筒部、滑車機構、装填盤、すべての構造をまじまじと見つめる。
(俺が書いたのは、あくまで“簡易型”。再装填こそ手動だが、三射までなら自動連発が可能なモデル)
俺は静かに続けた。
「夜襲における先制、奇襲、狙撃部隊による一斉攻撃、どれにも適しております。
ただし、製作には鋳物と木工の技術が要りますゆえ、鍛冶師の協力が不可欠にございます」
輝宗はしばし黙し、図面を見つめたまま言った。
「……これを、お前が?」
「はい。静矢の訓練を見ておりますと、なおさら“次”が欲しくなりまして」
俺は幼児の顔をして、完全に“軍師”のような口をきいていたが、父は咎めなかった。
「……梵天丸。お前の策は、まるで諸葛孔明よの」
「それは誉めすぎにございます」
輝宗はふっと笑い、紙を両手で持ち上げた。
「だが、この“策”は使える。密かに試作を命じる。……ただし、諸葛の連弩がそうであったように、秘密裏にな」
「心得ております。名を伏せ、数を伏せ、使いどころを伏せてこそ“奇策”にございます」
「……ふふ、“六つ歳”にして、もはや老獪な参謀か」
苦笑とともに、父は設計図を懐にしまった。
その時、俺は確信していた。
──この“連弩”は、いずれ戦場の在り方を変える。
“力”を持たぬものが、“知”で天下を穿つための第一歩だ。