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『静かなる矢、戦場を変える──「静矢」隊、始動す』

俺は、言葉を飲んだ。


 地を這うような低い風切り音が、山中に響いた。


 「……シュッ」


 その音の直後、木製の標的に寸分違わず突き立つ――

 黒鉄の矢。


 矢とは呼ぶが、火薬を使わぬ機構によって、引き金ひとつで放たれるそれは、明らかに異質だった。


 ボウガン。

 この地ではまだ“矢弩しづ”と呼ばれる得体の知れぬ兵器。


 その運用部隊の名が――《静矢》。


 「梵天丸さま、ご巡察にあずかり恐悦至極にございます!」


 一番隊の隊長・高橋主膳が、額に汗を浮かべながらも見事な敬礼をしてくる。

 その背後、隊員たちは揃いの甲冑を身にまとい、腰にボウガンを装着していた。


 まるで未来の軍隊のように整然とした立ち居振る舞いに、思わず感心する。


 (……ここまで仕上げたか)


 最初に「火縄銃に代わる静かな殺傷兵器」として俺が案を出したのは、わずか三ヶ月前。


 矢の材質、弦の張力、射程と貫通力のバランス、そしてなにより“量産”可能な構造。


 俺の記憶を総動員し、竹と鋼を組み合わせたこの“和製ボウガン”は、見事に伊達家の隠密戦術を進化させつつあった。


 「主膳、成果を見せてくれ」


 「はっ、標的訓練、奇襲訓練、闇夜行軍、すべて再現いたします!」


 その言葉の通り、部隊は音もなく隊列を組み、手信号だけで散開。

 森の影、岩陰、倒木の上――あらゆる地形を活かし、射線を確保する。


 ──シュッ。

 ──シュッ。


 音がしない。

 火薬も煙も火花もない。

 ただ、黒い矢が標的に突き立ち、沈黙がそれを包む。


 「まるで、闇夜の中を蛇が這うようだ……」


 俺は思わず呟いた。


 「恐れながら梵天丸さま、夜戦での試験もいたしました。距離三十間以内なら、敵兵の喉笛を外すことはございません」


 主膳が誇らしげに胸を張る。


 (……すごい。これ、戦場で使ったら間違いなくバケモノ部隊だ)


 問題は、兵の気力と再装填時間、そして矢の消耗。

 けれどそれ以上に、密偵・夜襲・狙撃という“日本戦国にはなかった戦術”が現実になりつつあるのだ。


 「この部隊の存在は、極秘扱いとせよ。相馬家にも蘆名にも、何人たりとも漏らすな」


 「はっ!」


 「……そして、静矢は“忍びの影”ではない。“陣頭の希望”として育てよ。いずれ、大内定綱にもこれを見せることになる」


 主膳の目がわずかに見開かれる。


 「定綱様に……!」


 「彼を迎え入れる布石だ。知略を以て伊達を導く才人には、同じ“未来”を見せねばならぬ」


 主膳が膝をつき、拳をついて応える。


 俺は振り返り、兵たちに声をかけた。


 「静矢の諸君!」


 全員がぴたりと姿勢を正す。


 「お前たちは、伊達の矛ではない。影でもない。“理”だ。“策”だ。“戦わずして勝つ”未来の象徴となれ!」


 「ははっ!」


 揃って叫ぶその声に、俺は確かに希望を見た。


 ──この手で、伊達家を変える。

 その一歩は、すでに放たれていた。

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