『知将を奪え──梵天丸、謀の口を開く』
父の背中は、米沢の冬と同じくらい冷たく、重かった。
雪混じりの空気が、障子の隙間から忍び込み、火鉢の熱を奪う。
それでも、この場はぬるくなどできない。今この時、伊達家の命運を分ける問いが──放たれたのだから。
「……して、相馬を落とすための策はあるか?」
父は、言いながら茶を啜った。だがその声は、茶のぬくもりとは裏腹に鋭かった。
「流石に梵天丸には無理か……」
その一言に、俺はかすかに眉を上げた。
無理か──? ならば見せてやろう。転生者の“本気”というものを。
「──策は、ございます」
父の茶碗が、音もなく膝の上で止まった。
「おお?」
「鍵を握るのは、大内定綱にございます」
「……定綱?」
父が眉をひそめた。
そう。まさにその反応が、俺の“読み通り”だ。
「はい。大内定綱は、今こそ相馬家に従属しておりますが、心底忠義を誓っているわけではございません。むしろ、己の理と才覚を尊び、それを生かせる“器”を探しておられる御仁です」
「定綱が……才覚を生かす器、か」
父の眼が細まる。
「彼は戦においても政においても並外れた眼を持ち、地の利を読み、心を読める稀有な将です。あの男を、伊達家の“真の家臣”として迎えることができれば──」
俺は、一度言葉を切った。
「──相馬は、戦わずして落とせます」
「…………」
火鉢の炭が、ぱち、と音を立てた。
父の手が、顎に添えられた。迷いと懐疑が交錯しているのが分かる。
「定綱か……確かに知将よ。だが、あやつは“腹が読めん”」
父が、低く呟く。
「才はある。だが、それ以上に“自らを主君と見る眼”を隠しておる。わしはそれが不気味でならぬ」
「……畏れながら申し上げます。父上、それこそが“使いよう”でございます」
「む?」
「人には二種あると存じます。己の器を信じ、誰かの下に立つことを潔しとする者と──己が主でありたいと願いながら、才をもて余す者。後者を見誤れば裏切りを生みますが、きちんと“望む器”を見せれば、忠義は深くなります」
「……それが、わしにできると思うか?」
「いいえ。父上が定綱殿にとっての“器”となるのではなく──梵天丸が、それになるよう努めます」
その一言に、父の眼が大きく見開かれた。
沈黙が落ちる。ふたりの間を、雪の気配が渡っていく。
やがて、父は深く息を吐いた。
「……六つにして、謀るか。そなたは──やはり、不動明王の申し子よのう」
「大仰にございます」
俺は目を伏せたが、内心はバクバクだった。
大内定綱。
歴史上、幾度も主を変えながら、その都度勢力の中枢に食い込んだ智将。
彼を早期に取り込めば、伊達家の東進は加速する。
逆に見誤れば、裏目となる──諸刃の剣だ。
だが、賭ける価値はある。
父は、地図をもう一度見下ろしながら、低く言った。
「……よかろう。まずは、定綱の動きを探らせる」
「はっ」
「会津より戻ったばかりで早いが、そなたにもその準備を任せるぞ」
「はい」
俺は深く頭を下げた。
これが、俺の“初手”だ。
伊達政宗としての、最初の政治的仕掛け。
未来を変える駒は、今、盤に置かれた。
──さあ、歴史よ。
俺の手で、伊達の旗を未来へ押し上げてみせる。