『地図が語る未来──父との謀議、そして相馬の名』
米沢の空は、冬の色をしていた。
寒い。けれど、雪に包まれた城下の輪郭はどこか柔らかく、懐かしい。
何より──この城が、今の俺にとって“家”なのだと、どこか実感させられる。
馬を降り、案内に従って本丸の一角へ進む。
門が開いた。その先に、背筋を正した男がひとり立っていた。
父──伊達輝宗。
若き当主として名高く、才気と器量を兼ね備えた男。
俺のこの“転生者としての理性”ですら、畏れを感じさせる人間だった。
「よう戻った、梵天丸」
「はっ、父上。ご無沙汰しておりました」
年齢的には幼児のくせに、どうしても口調が礼儀正しくなってしまうのはもう仕方がない。
でも父は、そんな俺の様子を少しだけ面白そうに見ていた。
「虎哉宗乙殿から、届けがあった。寺にて、地図を描いていたとな」
ドクン、と心臓が鳴る。
「あれは……その、ただの遊びにございます」
「“遊び”で山間の道や谷の流れ、村落の位置、さらには諸大名の名までも記せるものか?」
そう言いながら、父は俺が寺で描いた地図を広げた。
……やっぱり、ばれていたか。
雪の舞うあの朝、寺の一角でこっそり描いた戦略地図。
ただの子供の落書きと思わせるために、文字も拙く、筆も抑えて書いたつもりだったが──どうやら甘かった。
「この地形の把握力……。梵天丸、お前はいったい何を見て育った?」
「えっと……夢で、不動明王様が」
「またそれか」
父が笑った。
「よかろう。それが真か嘘かはともかく──その眼は、まやかしではないな」
その声が低く、静かに響く。
次の言葉には、重みがあった。
「問う。伊達の家が、この先繁栄するには、何を取ればよい?」
俺は息を呑んだ。
──きた。
これが、伊達の当主の“問”だ。
子供として扱うのではなく、男として意見を求める──まさに武家の家。
俺はしばらく黙ったまま、地図を見つめた。
山に囲まれた陸奥の地。南には会津。東には浜通り──つまり、相馬。
交通の要衝は北から南へ、そして……海へ。
「……父上」
「うむ」
「我が伊達家が、陸奥にて真に栄えるには、港が必要に存じます」
「港、とな?」
「山の恵みも川の流れも、人の知恵も──それを外へ運び、外から取り入れる口がなければ、すぐに枯れます。故に、海を。港を。……この中では、相馬が最も相応しいかと」
父の眼が鋭くなった。
「なぜ、相馬と申す?」
「海に近く、港の条件を満たしており、また敵対勢力としては弱小。取りやすく、かつ守りやすい。陸奥の東縁を抑えるにも最適にございます」
父は、ふっと笑んだ。
「梵天丸。六つにして……そのようなことを考えるか」
俺は苦笑するしかない。……だって、こっちは中身は高校生だもの。
「思いつきにございます」
「その“思いつき”を、わしは信じよう」
父はそう言って地図をたたんだ。
「──浜風を吹かせるは、いつの日か。……その時、そなたに軍を預けても面白かろう」
その言葉に、内心、ぞくりとした。
まだまだ先だと思っていた“戦”が──もう、眼前にある気がした。
父は歩き出し、俺の肩に手を置いた。
「疲れたろう。まずは身体を休めよ。だが、いずれ……この地図が、現実となる日が来るぞ」
はい、と答えた俺の声が、少しだけ震えていたのは──
……その時、ようやく“本物の伊達政宗”として、この時代で歩み始める覚悟が、俺の中で生まれたからだった。