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『雪の分かれ道──大森へ、米沢へ』

雪がちらついていた。


 ふわり、ふわりと静かに落ちる白。


 その中を、二騎の馬が並んで立っている。俺と、そして時宗丸だ。


 「……じゃあな、梵天丸」


 時宗丸がぽつりと言った。


 俺は、それにすぐ返事ができなかった。


 六歳になったばかりの身体で、ぐっと手綱を握り直す。

 だが、その中身は高校生男子の俺だ。だからこそ、この別れがどんな意味を持つか、よく分かっている。


 時宗丸は、まだ五つだ。

 俺より一つ年下で、剣も言葉もまだたどたどしい。けれど、その笑顔は澄んでいて──なぜだか、胸を打たれる。


「春になったら、また寺で会えるさ」


 ようやく、そう返すと、時宗丸はにかっと笑った。


「うむ! 春までに、もっと強くなっておるからの!」


「その前に、“女の子を見たら鼻の下が伸びる”って意味、わかったか?」


「わからぬぞ。昨日も兄上に聞いたが、笑って誤魔化された!」


 時宗丸がむきになって叫ぶと、周囲の家臣たちがクスクスと笑いを漏らした。


 そうだ。

 この子は、まっさらなんだ。


 何も知らない。

 いや──何も知らずにいられる。


 そのことが、どこか羨ましくて。俺は少しだけ、自分の中にある“高校生の俺”を見つめなおした。


 この冬、体の弱い俺を気遣って虎哉宗乙師匠が「修行は中断、米沢へ戻れ」と命じてくれた。


 一方、時宗丸はそのまま大森城に戻る。


 つまり──ここで別れだ。


 「梵天丸。風邪、引くなよ」


 「お前もな。こけて風邪ひくなよ」


 「こけぬわ!」


 ふたりして笑った。


 その笑い声に、雪が静かに舞って、少しだけ、時が止まった気がした。


 何気ない会話なのに、胸がきゅっとする。


 大人になると、こんなことが“かけがえない”ってやつになるのか。


 やがて、時宗丸が馬に乗って、大森の方角へ進み始めた。


 振り返りもせず、背筋をまっすぐ伸ばして。


 ああ、あいつはあいつで、きっと立派な武士になる。


 その背を見送りながら、俺はこっそり呟いた。


 「お前、ほんとに……いいヤツだよな」


 「梵天丸様。お迎えの輿が、まもなく参ります」


 鈴がそう告げた。

 遠くに見えるのは、伊達家の米沢城からの使者たち。


 温かな炭を積んだ牛車が、こちらへと向かってくる。


 でも今だけは──もう少しだけ、雪に残ったあいつの馬の足跡を眺めていたかった。


 だって、これはただの“別れ”じゃない。


 “再会するための、約束”だから。


 白い雪がすべてを覆ってしまう前に、俺はもう一度、空を仰いだ。


 春が来れば、また会える。


 ……その時はまた、女の子の話でもしようか。


 そう思って、俺は雪の道を、米沢へと歩き出した。

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