『俺は政宗、精神は高校生──覗き見と禅の一刻』
俺の名前は、伊達政宗。……とは言っても、今はまだ「梵天丸」と名乗っている六歳児だ。生まれ変わったら戦国時代、それも奥州伊達家の嫡男だった──という話はさておいて。
この体は子供、されど中身は高校生男子。
……つまり、理性の仮面の下で、己の性衝動と日々格闘している存在である。
「はぁ、鈴の浴衣の襟、今日はやけにゆるいな……」
薄い生地が風にあおられて、ちらりと見える白肌と鎖骨。
「喜多も意外と……あれで、胸あるんだな……」
掃き掃除にしゃがんだ拍子に、着物の合わせがずれて──ええと、その、谷間ってやつが。
つい、口元がにやけてしまうのも無理はなかった。なにせこちとら中身は十七歳。思春期のど真ん中なのだ。女性の身体に反応するのは、むしろ自然の摂理。あのアリストテレス先生もきっとそう言うに違いない。
(俺は今、感受性の強い高校男子の魂を宿している──だからこそ、美に反応してしまうのは仕方がない)
……そう、自分に言い訳しながら、こっそりと縁側から喜多たちを眺めていた、そのときだった。
バシィン!
「がっ……!?」
後頭部に鋭い一撃。感覚で分かった。扇子だ。
「何をしておる、梵天丸」
背後から聞こえてくる、あの低く通る声。振り返れば、やはり虎哉宗乙師匠が仁王立ちしていた。薄く目を細め、手には閉じたままの唐扇を持っている。
まるで、「見逃さんぞ」とでも言わんばかりの視線。
「し、師匠。これは、その、風景を……観察していたというか……風流というか……」
「ほう。風流とは、女中の襟元をじっと見つめることと見ゆるか。ならば貴様に必要なのは、花鳥風月ではなく“禅”じゃな。さぁ、一刻の座禅、申して参れ」
「え、ええっ!? い、一刻は長すぎませんか? せめて半刻──!」
「却下。これは煩悩の深さに応じた罰である」
そう言い残すと、師匠はスタスタと座禅堂のほうへ歩いていく。俺は、泣く泣くその背中を追うしかなかった。
──くそっ、こんな理不尽、あってたまるか。
いや、あるのか。ここは戦国。俺の精神年齢が十七であることなんて、誰も知らないんだから。
畳の上に胡座をかいて、背筋を伸ばす。息を吸って、吐く。……なんか、どこかで読んだようなスローライフ系の修行漫画みたいだ。
(俺は、梵天丸。中身は伊達政宗。精神は高校生……でも、禅を組めば……欲を沈められる……いや、無理かも)
正直、修行の境地に至るにはまだ時間がかかりそうだ。鈴のうなじも、喜多の足も、目に焼きついてしまっている。
でも、それでも。
こんな煩悩も、「あの男」に育つためには、きっと必要な感情なのだろう。
──男とは、抑えてこそ美しいのだ。
誰に言われたわけでもないが、そう心に決めて、俺は気を引き締めた。座禅が解けるそのときまで。……鼻の下を、伸ばさぬように。
……たぶんまた、明日も叩かれると思う。
でも、俺は負けない。
政宗たる者、煩悩すら戦の糧にする。