『稲刈りの夜、忍び寄る刃──小夜と伊佐、影を斬る』
──秋の虫が、静かに鳴いていた。
稲刈りを終えた夜、俺は布団に倒れ込むようにして眠っていた。全身が鉛のように重く、まぶたが勝手に落ちてゆく。身体の芯に疲れが染み込み、起きていられる状態じゃなかった。
だがその夜──。
月が雲に隠れ、寺の庭が静まりかえった頃。風のない空間に、ほんの一瞬だけ、畳がきしむ音が走った。
すぐさま気配を察したのは、小夜だった。
「──っ、伊佐!」
彼女は布団の端で眠っていた伊佐の腕を小突き、素早く体を起こす。
障子が、音もなく開かれた。
黒装束の影が、息を殺しながら一歩、また一歩と忍び寄る。
俺の寝ている傍らまで、もう三尺──。
「死んで、もらおうか、梵天丸──」
ざり、と刀を抜く音がしたその刹那。
斬風。
「──寝首、晒す気かぁぁぁァ!!」
先に動いたのは、伊佐だった。
くノ一特有の鋭い踏み込みと、逆手に構えた小太刀。暗がりに金属の閃きが走る。
ガギィィィン!!
刃と刃が交錯する音が響き、次の瞬間には襖を破ってもう一人の賊が乱入。だがそちらは小夜が迎え撃っていた。
「主君の寝顔、覗く趣味なんて──最低ですね」
冷たい笑みを浮かべながら、小夜は身を翻し、蹴り上げるようにして敵の顔面を跳ね上げた。
「がっ……!」
息が詰まったような声を残し、賊の一人が壁に激突。そのまま崩れ落ちた。
「っざけんなよ、小娘がァ!!」
残った賊が毒づきながら伊佐に斬りかかる。が、その動きは既に見切られていた。
「小娘だからって──甘く見たな?」
伊佐の刀が、光を描いて横一閃。
赤黒い飛沫と共に、賊の体が弧を描いて畳の上に崩れ落ちた。
「討ち取りました」
小夜がすぐさま灯りを持ってきて部屋を照らすと、そこには無惨な賊の骸が横たわっていた。
俺はというと……途中で物音に目覚めたものの、身動き一つせず様子を伺っていた。
「……すげぇ……。寝てるフリしたけど、あれ、俺一人だったら死んでたわ」
額の汗を拭いながらそう呟くと、小夜がしれっと笑った。
「主君、寝息がやたら整ってたので、てっきり熟睡かと」
「いや、がんばって演技したんだよ……!」
そのとき、廊下の奥から足音がした。
虎哉宗乙老師が、蝋燭の明かりを手に現れる。
「何事か……物音と血の匂い……ふむ、やはり来たか」
老師は畳に伏す賊の遺体を見下ろし、腕を組んだ。
「伊達の御曹司を狙うとは……何者かの~?」
その問いに、俺は布団の端に腰掛けながら答えた。
「相馬あたりかと。最近、北の情勢で米沢と揉めてると聞きました。稲の件、気づかれていたのかもしれません」
「おお……ほう……」
老師は唸るように声を上げ、細く目を細めた。
「五歳にして、この情勢判断。これはますます、未来の伊達を背負う器よのう……」
褒められているのかは分からないが、とりあえずうれしかった。
「寝かせてくれ……」
脱力するように布団に転がると、伊佐が枕元で笑った。
「梵天さま、朝まで警戒しますので、安心して寝てくださいね〜」
「……ああ、頼んだよ」
そうして、俺は再びまどろみに落ちていった。
だがこの出来事は、後に「梵天丸暗殺未遂」として寺の記録に残ることになる。