『稲穂は実らずとも、実ったものは──九月の稲刈り』
九月、空が高くなり、蝉の声も遠ざかり始めたころ。俺たちは、夏のあいだ丹精込めて育ててきた稲の刈り取りに取りかかった。
朝露の残る田んぼに、裸足で足を踏み入れた瞬間、ひんやりとした感触が伝わってくる。土の匂い、風の音、空を横切る赤とんぼ。ああ、これが季節の終わりなのだと、子どもながらに感じていた。
「伊佐、小夜、稲は根元から刈るんだ。雑にやると米が無駄になる」
「わかってるっすよー、主君」
「小夜、そっちはまだ青いわよ」
くノ一の二人が笑いながら、そして時折真剣な表情で鎌を動かしていく。刃が稲の茎を滑るたび、シャリッと小気味よい音が響いた。
俺も、腰を落として鎌を握る。ぎこちない動作ではあるが、一本ずつ丁寧に刈っていく。
少し離れたところでは、時宗丸も慣れぬ手つきで稲を刈っていた。彼は額に汗を浮かべながらも、懸命に鎌を振るっている。
「……思ったより、実ってないね」
稲の束を手に、時宗丸がぽつりとつぶやいた。その声には、悔しさと少しの落胆が滲んでいた。
「やっぱり、素人の農業なんてこんなもんか……」
刈り取った稲を束ねながら、俺も思わず口にしていた。俺たちはくノ一の伊佐と小夜、それに寺の小僧たちと共に、毎朝欠かさず水を運び、草を取り、虫を追ってきた。陽射しの強い日も、雨に濡れた日も、泥に足を取られながらも、一つひとつの苗に声をかけるように育ててきたんだ。
なのに、黄金色に実ったはずの稲穂は、どうにも小粒で、まばらで……。
「落ち込むな、梵天」
俺の背に声をかけてくれたのは、虎哉宗乙老師だった。
「未熟を知ったことが、何よりの修行である。大切なのは、実りの大小ではない。汗を流し、心を傾け、そして悔しさを知ったことじゃ。次はどうすれば良いか、それを考えることが“成長”なのだ」
その言葉に、胸がじんわりと熱くなった。
「……はい」
刈り終えた稲を干し、脱穀した米はほんのわずかだった。けれど俺は、その米を木箱に詰め、短い手紙と共に米沢城に送ることにした。
──父上、母上へ。
これは、私が初めて自分の手で育てた米です。食べられるほどではないかもしれませんが、心をこめて作りました。どうか、お納めください。
くノ一の伊佐と小夜は、米袋の縄をしっかりと締めながら、「これ、意外と重いね〜」と笑い、嬉しそうに肩を並べていた。
「うわっ、ちょっと、これ持ってくのに気合い要るってば」
「でもなんか、達成感あるっすよねー」
手紙を入れた封筒に、喜多が丁寧に家紋の刻印を押しながら、「梵天さまの思いは、ちゃんと届きますよ」と優しく言ってくれた。
俺はその場に立ち尽くし、少しだけ遠くの空を見上げた。
夏が終わる。
新しい季節が来る。
俺はまた、次の一歩を踏み出す。