『弟攻略戦、開始──竹とんぼに託す、未来の命』
夕暮れ、寺の渡り廊下にひとり腰掛けた俺は、手元の細い竹を削りながら、静かに溜息をついた。
(……やべぇな)
義姫が去って三日、あれ以来、寺にはいまだに緊張の余韻が残っていた。
虎哉宗乙は「あの方のご不快は、すなわちお家の不安定な未来の象徴にございますぞ」と仏前で静かに言い、鬼庭左月は「どこをどう取ったら“くノ一二人抱き”になるのか理解できぬ」と本気で困惑していた。
けれど、何より分かっていたのは、俺自身だ。
(……義姫が俺に失望した。それは、いずれ“毒杯ルート”への伏線になる)
――毒殺未遂。
それはこの先、成長した俺(=伊達政宗)に突きつけられるはずの未来の選択肢。弟・小次郎(竺丸)と義姫に対する家中の対立構造が、最悪の形で結実した結果。
史実では、実際に毒を盛られたという説もある。もしもその未来が“確定イベント”であるなら──俺が今すべきは、何か?
(弟との信頼を、今のうちから築いておくことだ)
「兄上と一緒なら、母上も味方してくれる」──そんな希望を、弟に抱かせる必要がある。逆にいえば、母上の支持が弟に偏れば、俺は“毒を飲まされる側”になる。
「やばい……やばいぞ……このままだとマジで『殿中毒殺エンド』一直線だ」
俺は鼻をすすりながら、竹とんぼの羽根を削る。そうだ、まずはここからだ。心を込めた、弟攻略。
竺丸はまだ三歳、米沢城で母と暮らしている。よちよち歩きでまだ字も読めないだろう。ならば、届くのは“贈り物”だ。言葉ではなく、兄の想いそのものを。
(弟の攻略は、義姫攻略の前提条件──いわば“外堀から埋める”作戦)
俺はようやく竹とんぼを一本仕上げ、そこに“書”を添えた。
〈梵天丸より〉
「弟君へ これは“たけとんぼ”というあそび道具です。まわしてとばすと空をとびます。あそんでください。おにいちゃんより」
まだ拙い筆致だったが、俺なりの気持ちは込めた。派手な言葉は要らない。兄としての小さな贈り物を、弟の心に残すことが先決だ。
そして、伊佐を呼んだ。
「……お届け物、ですかぁ? うっわ~、手作り! やっば、殿、めちゃ乙女力!」
「そうじゃない。これ、弟に渡してきてくれ。城内には俺の名を出さず、“竹とんぼ職人からの贈り物”として届けろ」
「……なになに、義姫様の逆鱗に触れないように、ってことっすか?」
「ああ……それと、弟が喜んだかどうか、ちゃんと報告をな」
伊佐はくるりと身を翻し、軽やかに「任されたっす♪」と駆けて行った。
その夜、喜多がそっと枕元で呟いた。
「……殿、少しずつ母上と、距離を縮められるとよろしいのですけど……」
「うん。そうしないと、俺……マジで毒盛られるかもしんないからな……」
「えっ?」
「なんでもない」
俺は布団をかぶりながら、星の光を見上げた。
(弟よ──まずはお前を“味方”にしてみせる)
その翌日、米沢城から一羽の文が届いた。
〈義姫筆〉
「竺丸、大いに喜び候。竹とんぼを抱いて眠りたがるほど。贈り主は“仏の工人”と伝え申した」
──小さな一歩だったが、それはたしかに“運命を変える”一手だった。