『草を抜く音、僕らの夏──伊達家の田畑にて』後編
だが、空の機嫌は長くは持たなかった。
午後も半ばを過ぎたころ、にわかに風が強くなり、黒い雲が山の稜線を覆ってきた。遠くで雷の音が鳴った。
「っ……来るよ、夕立だ!」
伊佐が叫んだ瞬間、ざあっ、と滝のような雨が降ってきた。
「小屋へ急ぎましょう、梵天丸様!」
小夜に腕を引かれ、僕たちは稲の間を走った。時宗丸も慌てて後を追ってくる。
ぽつ、ぽつ、から一気に激流のようになった雨に、あっという間に全身がずぶ濡れになった。ようやくたどり着いたのは、あぜ道脇の資材置きの小屋だった。
「っくしゅ……さ、寒い……」
小屋の中に入った瞬間、時宗丸が体を抱えて震えていた。
「……雷、怖いの?」
僕が問うと、彼はそっとうなずいた。
「ばかにすんなよ……でも……音が、胸にくるんだ……」
僕も正直、怖かった。
雷の光が、雨の帳を裂いて差し込むたび、小屋の中が青白く光る。そのたびに時宗丸はぴくりと肩をすくめ、僕も自然と彼の手を握った。
「大丈夫だよ、僕たちがいる」
言いながら、自分の声が震えているのがわかった。
そのときだった。
「はいはい、お子さまたち、こっちにおいで」
優しい声とともに、伊佐が僕たちを抱きしめてくれた。
「濡れたままだと風邪ひくよ」
続いて小夜も背中から僕らを包んでくれた。
「こうしてれば、温かい。……ほら、怖くない」
その言葉に、時宗丸の体の震えが少しずつ収まっていく。
四人で肩を寄せ合って、小屋の中で雷と雨の音を聞いていた。
どこか、母の胎内のような、不思議な安心感。
やがて雷も雨も遠ざかっていった。
でも、僕たちはそのまま、眠るようにうとうとと夢の中へ落ちていった。
* * *
翌朝、小屋の戸がそっと開く音で、朝日が差し込んだ。
「……これは……」
片倉小十郎と、喜多がそっと顔を出して、小屋の中を見回す。
「よかった、みんな無事じゃ……」
そこには、並んで寄り添いながらすやすやと眠る僕たち四人の姿があった。
泥だらけで、髪も濡れているのに、どこか幸せそうに笑みを浮かべながら眠る小さな子どもたち。
「殿の御代も……悪くなさそうじゃな」
喜多がつぶやき、小十郎が微笑む。
この日、田畑の中の小さな小屋で、未来の伊達家を支える者たちの絆が、またひとつ深まっていた。