『熱と痛みと、美人の指先』
……人間って、極限状態でも変なことを考えるんだなって思う。
身体のあちこちが痛い。
熱はたぶん40度を超えてる。
右目は見えないし、喉は焼けるように乾いて、口の中もざらざらする。
でも──
今、俺の心を占めてるのは、この人の手のことだ。
「……梵天丸さま、汗がまた……お拭きいたしますね」
柔らかく、落ち着いた声。
ほんのりと香る梅のような香り。
目は霞んでいても、彼女の姿ははっきりと分かった。
──喜多。
さっき、誰かがそう呼んでいた。
年の頃は……たぶん、17か18くらいだろうか。
透き通るような白肌と、きりっと整った顔立ち。
ややつり目気味の瞳が、凛として美しい。
いわゆる“清楚系美人”ってやつだ。
しかも、手がやたらと丁寧で、優しい。
「ふっ……ん、……くっ」
唇の端についた汗を、そっと指先でぬぐわれただけなのに、
俺は思わず震えてしまった。
いや、これは高熱のせいだ。高熱のせい……だと思いたい。
「お顔が赤く……熱がまた上がっておられる……」
ち、違う、喜多さん。
顔が赤いのは、熱じゃなくて、あんたが美人だからなんです!!
だって、こんな至近距離で!
美人が真剣な顔で、俺の額に冷たい布をそっと乗せて、
汗をぬぐってくれて、口元に薬湯を運んでくれて──
この状況、ちょっとしたラブコメじゃないですか!!(俺、6歳だけど!)
「お身体に、障りがなければよいのですが……」
いや、ある意味、障ってます!!
俺の男子高校生としてのプライドとか、変な妄想とか、
全部に触れてます!!
俺は黙ってうなずいた。
言葉を返したら、いろんな意味で負ける気がして。
そのとき──彼女の指が、そっと俺の額に触れた。
「お辛いでしょうに……よう、耐えておられます。
これで、きっと良くなられます。……梵天丸さまは、つよいお方です」
その声に、俺の胸がじわっと熱くなった。
いや、熱があるからって意味じゃなくて。
心の中が、だ。
──恐れてないんだ、この人。
疱瘡って、戦国時代じゃ“死の病”だ。
感染もする。顔が腫れたり、痘痕が残る。
それを嫌って、看病どころか部屋に近づかない人間がほとんどの時代に──
この子は、平然と、俺の汗に触れてくれている。
美人で、優しくて、勇気があって、しかも俺を信じてる。
いやもう、惚れるってこれ。
「……ありがと、喜多さん」
言葉になっていたかはわからない。
でも、彼女の目がふっと細くなって、柔らかく笑ってくれた。
その笑顔が、ほんの一瞬だけ、
疱瘡の痛みを忘れさせてくれた。
……熱は下がらない。
右目は、たぶんもう戻らない。
身体はまだ地獄の中にいる。
けど──
喜多さんの手が、
俺の“今の身体”に触れてくれるたび、
俺は確かに、ここで生きてるんだと思えた。
独眼竜・伊達政宗。
その中身が、高校三年のただのオタク男子だとしても──
この世界で、ちゃんと“心が動いた”。
そして、心が動く限り、
俺は、ここで生きていける気がした。
……やっぱ、戦国転生って、ラノベだわ。
ただし、いきなり病弱ルートから始まるタイプのやつ。