『兄弟とはなにか──扇子一閃、心に刻まれし問』
「さて、おぬしたち」
朝の座学が始まって間もなく、虎哉さまは床几の上からゆっくりと我らを見回した。
「兄弟とは──なにか」
唐突に放たれた問いに、左衛門と時宗丸が同時に顔を見合わせた。
俺もつい、昨夜の“兄者ごっこ”を思い出してしまい、少しばかり顔が熱くなった。
「命を分けた者こそ兄弟……では、あるまい」
虎哉さまの言葉に、左衛門が口を開いた。
「同じ父母の子が兄弟……かと」
「ふむ、それも一理。しかし世に養子もあれば、兄弟のように育つ者もあろう?」
「え……ええと……」
「考えてよい、左衛門。学とは答えを急がぬことじゃ」
虎哉さまの声は穏やかでありながら、心の奥に深く沈むような重みを持っていた。
すると、時宗丸が、すこしばかり難しい顔をしながら言った。
「俺は……昨夜、殿と話した。そんとき、兄弟って……そういうもんかもな、って思った」
「そういうものとは?」
「一緒にいて、力抜けて……たまにムカつくけど、でも……離れたくねぇって、思うやつ」
「──ほう」
虎哉さまは、目を細めた。
と、そのとき。俺はひとつ、妙案を思いついた。
「虎哉さま。兄弟とは……飯を取り合い、女に鼻の下を伸ばしあい、でもいざとなれば背を預け合う者──などでは?」
「……」
虎哉さまの扇子が、無言で俺の額を打った。
「──いでっ!?」
「女子が出てくるのは早い!」
「ま、まだ何もしておらぬ! 見ていただけで──!」
「見るな!」
時宗丸と左衛門がくくっと笑いを堪えている。
だが虎哉さまの目元は、なぜかやさしさに滲んでいた。
「梵天丸。そなたの申すこと、いずれ当たっておろう。されどいまは、もっと大切な“芯”を学べ」
俺は頭を下げる。扇子の跡がまだ額に残っていそうだった。
「兄弟とは、己を映す鏡でもある。己の弱さを知り、愚かさを笑い、背中を預けることの出来る者──それが兄弟じゃ。血を分けずとも、その魂が呼び合えば、兄弟たり得る」
その言葉に、俺は思わず横目で時宗丸と左衛門を見た。
ふたりとも、同じように俺を見ていた。
──ああ、俺たちは、もう兄弟なんだな。
どこか照れくさく、でも嬉しくて。
だから俺は、冗談めかして言ってやった。
「では、兄者の俺が、昼飯は三人前確保してくるぞ」
「兄者が一番食うな!」
「そ、それ兄弟関係ねぇだろ!」
三人で笑いあう俺たちを見ながら、虎哉さまが微笑んだ。
「──良きかな。良きかな」
その日、虎哉さまはもうそれ以上、何も問わなかった。
禅とは、答えを得ることではない。
問いの中に“生きる意味”を見出すことだ──
そんな気がして、俺はふと空を見上げた。
梅の花が、風に散った。