表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/194

『兄弟とはなにか──扇子一閃、心に刻まれし問』

「さて、おぬしたち」


朝の座学が始まって間もなく、虎哉さまは床几の上からゆっくりと我らを見回した。


「兄弟とは──なにか」


唐突に放たれた問いに、左衛門と時宗丸が同時に顔を見合わせた。

俺もつい、昨夜の“兄者ごっこ”を思い出してしまい、少しばかり顔が熱くなった。


「命を分けた者こそ兄弟……では、あるまい」


虎哉さまの言葉に、左衛門が口を開いた。


「同じ父母の子が兄弟……かと」


「ふむ、それも一理。しかし世に養子もあれば、兄弟のように育つ者もあろう?」


「え……ええと……」


「考えてよい、左衛門。学とは答えを急がぬことじゃ」


虎哉さまの声は穏やかでありながら、心の奥に深く沈むような重みを持っていた。


すると、時宗丸が、すこしばかり難しい顔をしながら言った。


「俺は……昨夜、殿と話した。そんとき、兄弟って……そういうもんかもな、って思った」


「そういうものとは?」


「一緒にいて、力抜けて……たまにムカつくけど、でも……離れたくねぇって、思うやつ」


「──ほう」


虎哉さまは、目を細めた。

と、そのとき。俺はひとつ、妙案を思いついた。


「虎哉さま。兄弟とは……飯を取り合い、女に鼻の下を伸ばしあい、でもいざとなれば背を預け合う者──などでは?」


「……」


虎哉さまの扇子が、無言で俺の額を打った。


「──いでっ!?」


「女子が出てくるのは早い!」


「ま、まだ何もしておらぬ! 見ていただけで──!」


「見るな!」


時宗丸と左衛門がくくっと笑いを堪えている。

だが虎哉さまの目元は、なぜかやさしさに滲んでいた。


「梵天丸。そなたの申すこと、いずれ当たっておろう。されどいまは、もっと大切な“芯”を学べ」


俺は頭を下げる。扇子の跡がまだ額に残っていそうだった。


「兄弟とは、己を映す鏡でもある。己の弱さを知り、愚かさを笑い、背中を預けることの出来る者──それが兄弟じゃ。血を分けずとも、その魂が呼び合えば、兄弟たり得る」


その言葉に、俺は思わず横目で時宗丸と左衛門を見た。

ふたりとも、同じように俺を見ていた。


──ああ、俺たちは、もう兄弟なんだな。


どこか照れくさく、でも嬉しくて。

だから俺は、冗談めかして言ってやった。


「では、兄者の俺が、昼飯は三人前確保してくるぞ」


「兄者が一番食うな!」


「そ、それ兄弟関係ねぇだろ!」


三人で笑いあう俺たちを見ながら、虎哉さまが微笑んだ。


「──良きかな。良きかな」


その日、虎哉さまはもうそれ以上、何も問わなかった。


禅とは、答えを得ることではない。

問いの中に“生きる意味”を見出すことだ──

そんな気がして、俺はふと空を見上げた。


梅の花が、風に散った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ