『右目が見えない。そして──俺は“梵天丸”だった。』
なんでだ。
……いや、ほんとに、なんでなんだ。
確かに昨日の夜は、ちょっと無茶したかもしれない。
期末テストが終わって気が緩みまくって、
学校帰りにゲーセン寄って、ファミチキ食って、
深夜に戦国ゲームやりながら、録画したアニメ消化して、
布団に入ったのが朝の4時。
でもだ。たかが寝落ちだ。
その結果が、これかよ。
息が苦しい。
身体が重い。
いや、重いっていうか──熱い。皮膚が。喉が。
あと、右目が……開かない。痛い。熱い。見えない。
「はぁ、はっ……っぐ……」
うめいた瞬間、どこかで誰かが呼ぶ声がした。
「梵天丸様……! 気がつかれましたか!?」
「すぐに殿をお呼びせねば!」
──は?
なんて言った、今?
「ぼ、ん……?」
聞き間違いだよな。
俺の名前は黒川真人、
茨城県立北常陸高校の三年生、男子。
“梵天丸”とかいう戦国武将の名前じゃ、ない。
──いや、待て。梵天丸って、どこかで聞いた名前だ。
……政宗。
独眼竜。伊達政宗。
たしか、子どもの頃の名前が──梵天丸。
まさか。
俺は、震える手で、自分の顔を探る。
汗ばんだ額、腫れぼったい右目。
見えない。ほとんど、何も。
開けようとすれば、チクチクと針で刺されるような激痛が走る。
そして、全身がだるい。
肌が火照り、服の感触が不快すぎて泣きたくなる。
……いや、服っていうか、これ浴衣? 襦袢? 着物???
耳元でカラン、カランと音がする。
水差しの音。湯気の音。
焚き火の匂い。
いや、薪の匂い。薬草の匂い。
これ──病室じゃない。
俺はようやく、横になっている布団の周囲を見渡した。
木の柱。白壁。
……障子。ふすま。
どこだここ。
完全に和風建築だ。しかも、時代劇のセットにしか見えないレベルの本気度。
「……まさか、まさか、とは思うけど──これって……」
転生?
え、戦国?
VRじゃない?
梵天丸??
うわ、うわ、マジか。
え、冗談だろ、俺、VRゴーグルつけたまま寝てただけじゃ──
でも……
この皮膚の痛みも、喉の灼ける感じも、右目の感覚の消失も──
どれも、“本物”だった。
「……うっ、ぐ……!」
身体が震える。
咳き込みそうになるのをこらえても、どうにもならない。
腕に力が入らない。
息をするたびに、肋骨が軋むような気がする。
まさか。
これって──
「疱瘡……?」
歴史の知識が、脳のどこかで騒ぎ出す。
政宗は、子どもの頃に疱瘡を患って、右目を失った。
それが、“独眼竜”と呼ばれるきっかけになった──
じゃあ俺、まさか……
あの伊達政宗の、中に入ってるのか!?
なぜ俺が? なんのために?
そんな疑問は、もはや意味を持たない。
事実として、今の俺は“梵天丸”として目を潰しかけている。
それが、答えだ。
……しかも、歴史的に言えば、
このあと、目を潰すかどうかを巡って──
やばい。
やばいやばいやばい。
父親、確か“潰す”側だったよな!?
俺、これから短刀で──
「うぉぉぉぉぉぉぉい!? 誰か止めて!! 俺の目はまだ使える可能性あるからああああああ!!」
とにかく叫んだ。
声になっていたかもわからない。
でも、叫ばずにはいられなかった。
だって──
俺の新しい人生、開始早々、目を潰されるとかバッドエンドすぎるだろ!!
戦国時代? 天下統一? 未来を変える?
そんな壮大なことより先に、俺は今、右目を守りたいんだ。
これが俺の、
政宗転生ライフ──疱瘡スタートバージョンの幕開けだった。