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天然痘から始まる伊達政宗転生の天下統一~ 独眼竜と呼ばれても中身はただの美少女好き戦国オタクです~  作者: 常陸之介寛浩★OVL5金賞受賞☆本能寺から始める信長との天下統一
第三章(第3巻分目)『独眼竜、でも中身はただのオタク高校生です』

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『関を守る手、残る温度』

 朝の冷えが、まだ畳の端に残っていた。ここは中村城。城門の開く音、兵の足音、台所の湯の湧く気配――どれも聞き慣れた我が家の呼吸だ。白河での戦は終わり、石川の働きで城は落ち、白川の一族は途切れた。俺は出陣せず、ここで全てを受け止め、次の手を整えた。中村こそ、南奥の要だ。俺の居場所を空にするわけにはいかない。


 使者が三度、続けて広間に頭を下げる。白河城の見取り図、残った木戸の数、井戸の水量、城下の家数――紙に書けるものは紙に、書けない匂いは言葉で。ひとつひとつを確かめ、俺は筆を取り、短く命じた。


 「白河城は伊達の城とする。名はそのまま。だが旗は我らのものだ」


 そして、城代。俺は側に控える若武者に目をやった。伊達藤五郎――成実。越後へ走りたがったあの日から、彼は自分の足を巧く抑えられるようになった。走ることより、止まって支えることの難しさを、身で覚えつつある。


 「成実」


 「はっ」


 「お前に白河城を預ける。磐城から同道した五百の兵を連れ、そのまま移れ。右衛門殿と線で結び、三春の舅上とも日々文を交わせ。ここは道の関だ。閉める日、開く日をはっきり決め、太鼓と旗で誰にでも分かるようにしろ」


 成実は片膝を下ろし、まっすぐ返事をした。


 「承ります。宿直を改め、朝の見回り二筋、夜は三筋。堀の浅い箇所に石を足し、門の戸車は新調。城下は混乱を避けるため、三日休ませたのち市を開きます。塩と布と鍋、そして鍛冶の刃こぼれ直しを並べましょう」


 「よい。市は月に三度。『伊達の城は腹が鳴らない』――そう思われるのが、いちばん強い守りだ。寺には米、孤児には粥。白川の女童を預かった寺には、名を出さずに米を運べ。戻れる者は戻し、戻れぬ者には手に職を」


 「承知」


 筆を置いた時、城の外で早馬の嘶きがした。補給の話を取りまとめに来た片倉が、帳面を抱えて膝を進める。


 「白河の倉は修繕が必要ですが、柱は生きています。物を積むなら“軽いもの高く、重いもの低く”。番を二重にし、出入りの印を簡単に。誰が変わっても迷わないよう、札を揃えます」


 「頼む。火の手の始末は?」


 「鍛冶二名を派遣。火挟の点検と、門金具の交換を先に。連弩は十機、白河へ。狭い道での押し返しに使わせます」


 遠藤基信は、紙に小さな点をいくつも打って見せた。退く道と運ぶ道。人だけの道、馬の道。始めに引く線は、退きの線だ。


 「逃げ道がある隊は、前へ出ても折れません。中村から白河への補給は二筋。雨の日の道を別に用意しておきます」


 「それでいこう」


 命を届ける段取りを重ねていると、知らぬ間に背中がこわばっていた。あの広間で、小夜が俺の前へ飛び込む光景が、ふいに戻ってくる。腕の中で薄れていった温度。気づけば、指が帯の端を探していた。机の隅には、小夜がいつもまとめておいてくれた紐束。結び目が小さく、ほどけない。


 「殿。……お食事を」


 襖が静かに開き、愛姫が入ってきた。湯気のたつ粥、薄い塩、刻んだ葱。彼女は座を遠慮なく詰め、匙を持たせてくる。


 「昼から、何も召し上がっていません。体から順に戻しましょう」


 「……腹が、音を忘れている」


 「思い出します。殿が思い出させるのです」


 匙が口に触れ、温かさが喉を落ちる。塩の加減がやさしい。胃がゆっくりと目を覚ます。愛姫は言葉少なく、袖口を整え、俺の手元の乱れを直す。指は軽いが、確かだ。


 「小夜は、俺に『まっすぐでいてください』と言った」


 「はい。あの人は、殿の後ろでまっすぐを支えるのが誇りでした。……殿が曲がれば、あの人が泣きます」


 喉の奥の硬いものが、少しずつほどける。言葉にするほど、痛みは形を持ち、持てば抱えられる。抱えたまま進めばいい。愛姫は立ち上がる前に、そっと一言だけ付け足した。


 「四十九日には、白水へご一緒します。……それまで、食べて、寝て、起きてください。叱られますよ」


 「うむ。あいつに」


 口の端がわずかに上がった。短い笑いでいい。笑い方を忘れないことも、守りの一つだ。


 午後、成実の出立。門前に整列した五百の兵の前へ、彼は馬を進めて一礼した。俺は城門の内から見送る。中村の石垣、木戸、堀、見張り場――この城の全部が、俺の背中を押してくれる。


 「成実」


 「ここに」


 「白河は道の関。壁ではない。人が行き来してこそ息をする。閉める日は強く、開ける日は優しく。……それだけ覚えておけ」


 「肝に銘じます。殿」


 彼の目は静かだった。若さの光は消えていないが、焦りの色は薄い。馬が動き、列が南へ伸びる。旗が揺れ、鎧の金具が控えめに鳴る。俺は肩を一度だけ回し、広間へ戻った。


 片倉が荷の札をまとめ、遠藤が図を巻き、定綱が市の仲買への書付を配り、女中たちが粥の鍋を洗い、鍛冶が火挟を磨く――中村は動いている。伊佐は、白河で女童を寺へ送り、戻ってくると、すぐに城下の裏道を歩いて人の噂を拾った。目で挨拶を交わす。言葉は要らない。彼女は彼女のやり方で、空いた場所を埋めている。


 夕刻、白河から早馬。城門の戸車交換済み、市の日取り決定、寺への米の配り始め、孤児の名簿――成実の筆で、簡潔に。俺は「良し」と一言だけ書き添えて返す。続けて、白河城下の年貢についての問い合わせ。俺は“今年に限り二分軽くし、そのぶん荒れ田を起こせ。鍬と鋤は倉から貸す。返しは札で十分”と記す。金ではなく、明日の畑で返す仕組みが欲しい。人の心は、明日の働き場所があると強くなる。


 夜。書院の明かりを落とす前に、もう一度だけ紐束を手にとった。小夜の結び目は小さい。目立たず、ほどけない。俺はそれを懐に入れ、筆をとる。白河の規定、門番の順、連弩の配備、火薬の保管。書けば、明日の景色が一枚ずつ固まる。


 そして、誰にも見せない一行を残す。


 ――小夜。俺はまっすぐでいる。お前が影でいてくれたように。お前の分まで濃く。


 墨が乾くのを待つ間、指がほんの少し震えた。震えは悪くない。震えが残るうちは、命令が軽くならない。軽くなった命令は家を薄くする。薄くなった家は、すぐ倒れる。


 翌朝、城下の子らが縄を引いていた。兵の真似だ。愛姫がかがみ、目線を合わせ、何かを教えて笑わせる。俺も近づいて、縄の端を持つ。


 「ほどけない結び方を、教えよう」


 「どうやるの?」


 「小さく、目立たず、ほどけないように」


 子らの目が輝く。俺は笑い、結び目を作って渡した。ほどけない結び目を、俺は胸の中にも作らねばならない。小夜が置いていった結び目を、ほどかないように。


 昼、成実から二通目。市が無事に開き、鍛冶の列が長く、塩の樽が足りないとある。俺は安宅船の棟梁へ「北へ便を増やせ」と伝え、陸の商人にも声をかける。“伊達は今、買う”。買うと聞けば、商人は集まる。集まれば、道は太くなる。


 夕刻、愛姫が粥を持ってきた。今日は少しだけ塩が強い。俺は匙を運びながら言った。


 「味が、戻ってきた」


 「はい。殿も」


 戻らないものもある。けれど戻るものもある。俺は筆をとり、また一枚、明日の紙を埋めた。白河は成実に、中村は俺に。南の関は動き出した。前に出る日は必ず来る。その時、足がつらぬように。今日の飯を食べ、今日の書付を書き、今日の結び目をひとつ増やす。

 ――そうして、まっすぐのまま、俺は前を向いた。

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