『無血の葬陣』
父・輝宗が言った。
「葬儀は盛大に行う。家臣・付き従う豪族のほか、血縁で結ばれている大名の使者も弔問に来る。それを――まだ若き政宗が取り仕切り、伊達の御曹司は末恐ろしい、と見せてみよ」
ほほう、と喉の奥に小さな笑いが生まれてすぐ消えた。無理難題という顔ひとつせず告げるのが、父の流儀だ。俺は一礼し、ただ一言返す。
「承りました」
葬は戦である。血を流さず、刃を見せず、されど座の順で、香の回りで、言葉の節回しで勝ち負けが決まる。誰が前に座り、誰が入口で立ち止まり、誰が何拍の間を置いて頭を垂れるか――それらを繋ぎ合わせて「威」を組み上げる。ならば俺のやるべきことは、ただ一つ。戦の地図を描くように、葬の次第を組み立てることだ。
まず白水阿弥陀堂へ飛脚を走らせ、師・虎哉宗乙を杉目の座にお迎えした。和尚は旅支度のまま本堂に腰を下ろすと、数珠を鳴らして低く呟く。
「政宗、葬は見せ物に非ず。だが、人は見ぬものを見ようとする。見せぬところこそ、すでに見られておる。裏を整えよ」
「裏、と申されますと」
「香の順、席次、供の道筋、火の置き場、雪の処し方――客は表の作法しか見ぬ。だが表だけを整えた葬は、すぐ綻ぶ。綻びは匂いで出る。匂いを抑えれば、目は自然と伏す」
俺は小十郎を呼び、机の上に白紙を三枚広げた。ひとつは席次、ひとつは香順、ひとつは動線。その上に小石と碁石を置き、来客の名を墨で打っては動かしていく。
「織田・徳川・北条からは、さすがに殿本人は来まいが、使者は来る。こちらは廊下の曲がりを一つ減らして、寒を避けさせよ。田村の使者は内親にて上位、しかし田村は『婿方の地に入る』前触れにつき、あえて一歩控えめの席を示し、こちらから一段上げて座へ招き入れるのが礼」
小十郎が頷く。「蘆名と上杉筋は?」
「送使は来る。礼をもって遇す。席は田村の斜向かい、香の順は田村の後。言葉は短く、温かく、間を置け。彼らは間に意味を詰める」
大内定綱も呼んだ。定綱は紙をひと目見て薄く笑い、碁石をひとつ指で弾く。
「ここで黒脛巾をすべらせましょう。香の間に入る前の小廊に、手桶と白布と炭火。寒で指のかじかむ者のためです。『伊達は細やか』と噂が立つ」
「ついでに、その廊に番を立て、香典の帳付を控えにして、名前の当て字を誤らぬよう、裏でひと呼吸置かせよ」
「御意」
鬼庭右衛門には行列の道を頼んだ。雪の上に藁を敷き、わだちを隠す。馬は雪駄に鉄の輪。転びやすい角には手すり代わりの縄。灯は低く、風の道を読んで油を節約する。右衛門は無言で頷き、槍のない手で縄の張りを確かめに出た。
喜多には衣装と支度。喪服の襟は黒過ぎれば墨の匂いが強くなる。「香の邪魔」と和尚が嫌うので、墨は薄めに。「殿、鼻まで真っ黒にして戻ってきた兵が三名、叱っておきました」と喜多が言う。伊佐はその場で笑い出し、喜多に耳たぶをつままれて悲鳴を上げた。こういう小さな笑いが座を温める。だが笑いはここで終わりだ。
小夜は入口の控えに立ち、来客の名乗りを受け、香の順を静かに案内する。その頬の白布は喪の白に紛れ、かえって凛として見えた。彼女の立つ場所の背面には、黒脛巾組を二、三枚重ねて置く。警固の刃は見せず、気配だけを漂わせる。
「お前たち、香炉の陰に溶けるな。陰は影が厚くなる。薄い影で立て」
「薄い影、でありますか」
「香の煙くらいでよい」
黒脛巾の者どもが真顔で香炉の前に整列し、深く吸い込んでむせた。伊佐がまた笑い、和尚が数珠を鳴らして一喝する。「笑いは湯殿まで持っていけ」――しん、と空気が締まる。これでよい。緩んで、締める。
葬の朝、雪は細く降り続いた。杉目城の白壁は灰と白の境目を溶かし、庭の砂は均され、道は藁で覆われている。鐘が静かに三度鳴り、読経が始まった。虎哉和尚の声は雪を貫いて真っ直ぐに伸び、目に見えぬ柱を建てていく。祖父・晴宗の柩は静かに据えられ、香の煙がその上に層を作った。
最初に入ったのは、伊達の古参。鬼庭、遠藤、片倉。言葉少なに、しかし深く頭を垂れる。その間に黒脛巾が履き物を揃え、布で雪を拭う。次に豪族の列、夜ノ森の衆、小高の衆。さらに田村の使者。俺は一歩進み、軽く膝をついた。
「遠路、厳寒の中を」
「御祖父上の御功、南奥に響き渡っておりまする」
短く、温かく。虎哉の言葉どおりに、間を置く。田村の使者はその間を汲み取り、わずかに目礼し直した。香の順で先に立つべきところを、彼は半歩引いた。俺はその半歩を拾い、座へと招じ入れ、香炉の右側――上手へと導いた。礼は礼を呼ぶ。
北条の使者は小田原の黒。遠国の雪に慣れぬ足取りを案じ、廊の角を一つ減らして迎え入れる。「伊達殿は行き届く」とあとで小声が漏れた。徳川の使者は慎重で、香の前に一瞬ためらいが生まれる。小夜が、ほんの指先の合図で次第を促し、彼は気づかぬふりで滑らかに香を納めた。よし。
蘆名の使者は、礼を尽くしながらも目に険しさ。香を回したあと、俺は自ら一歩進み、低く結ぶ。
「会津の雪、深き由。道中、行き届かぬところあらば、次は倍に整えましょう」
蘆名の使者は、わずかに口角を動かし、「葬の道は、戦の道に通ずるようで」と言った。誉め言葉であるように聞こえ、刺であるようにも聞こえる。俺はそれをそのまま受け、ただ深く頭を下げた。「亡き人の功徳に免じて、今は言葉を置きましょう」――虎哉が後ろから咳払いのように数珠を打ち鳴らし、座に静けさが戻る。
香がめぐり、読経が重なり、鐘が遠くの空気を震わせる。祖父の顔が眼裏に浮かび、父の横顔がその隣に重なる。俺は膝の上で拳を作らず、ただ掌を重ねた。戦ではない。戦より重い場だ。場の重さは、誰かの涙で測られるものではない。動かなかった膝の痛みで測られる。
日が傾き始めるころ、すべての香が収まり、焼香台の灰は静かな山となった。白布の端が整えられ、灯がひとつずつ落ちる。外では雪がやみ、雲間から冷たい光が差して、庭の砂にわずかな陰影が生まれた。
座が解ける前、小十郎がそっと寄る。
「殿、座の外で囁きあり。『御曹司、末恐ろし』と」
俺は小さく笑った。「香の匂いが目に入っただけだ」と返す。だが父・輝宗がこちらを見て頷いたのを見て、胸の奥で何かが音もなくほどけた。
退出の列がまた雪の上を行く。田村の使者は最後にもう一度だけ頭を垂れ、「近く、輿入れの支度、滞りなく」と言い置いた。北条の使者は藁道の手触りを確かめるように足裏で押し、「関東と奥州の道は、細くとも切れませぬな」と笑って去った。蘆名の使者は目を伏せたまま、「香の煙は、風向きを見まする」と短く残し、影のように消えた。
すべてが終わったあと、虎哉和尚が庭石に腰を下ろし、空を仰いだ。
「政宗、香は上へ昇るものだ。だが、香炉の足がぐらつけば、煙は地を這う。今日、おぬしは足を固めた。あとは……燃やすものを間違えるな」
「燃やすもの」
「己の慢心、だ」
和尚の目が笑う。俺は深く一礼し、鼻の奥に残る香の匂いを静かに吸い込んだ。清らかで、苦く、甘い、複雑な匂い。戦の匂いと違い、血の鉄臭さはない。だが、重さは同じだ。
片付けの最中、伊佐が香炉の灰をひっくり返しかけ、喜多に扇で叩かれていた。「殿、灰の山も崩れるのですね」と真顔で言うので、「山は積めば崩れやすい」と返すと、伊佐は首を傾げ、小夜は布の下で微笑んだ。こういう小さな緩みが、明日への筋肉になる。
夜、廊の端で父と向き合う。輝宗は短く言った。
「見事であった」
「祖父上の徳、家中の力、和尚の導き。それを束ねただけにございます」
父はそれ以上何も言わず、ただ肩を軽く叩いた。叩いた手の重みが、祖父の最後の言葉と重なる。
――親子、手を取り、伊達家を盛り立ててくれ。
今日は刃を抜かずに勝った。いや、勝ち負けではない。ただ、守るべきを守り、示すべきを示した。雪は止み、夜気は澄んだ。白い息はもう、すぐに消える。明日は田村への返文、磐城への沙汰、松川浦の船の点検、勿来の縄の張り替え――やることは尽きない。
だが今は、香の匂いが胸の奥で静かに燃えている。その火で、慢心より先に、躊躇を焼こう。歩むべき足を、温めよう。無血の葬陣は解けた。次の陣は、また別の場に敷く。
俺は掌を合わせ、胸の前で一度だけ深く息を吐いた。




