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『結びの条件』

中村城の表門をくぐると、冬の乾いた風が鼻を刺した。佐波古の湯と白水阿弥陀堂の静けさを経て帰ってきた城は、やはり戦と政の匂いが漂う。馬上から降りると、喜多が駆け寄り、少し息を弾ませながら告げた。


「若殿、田村家よりの使者がお越しです」


「……田村から?」


胸の奥に小さな波が立つ。田村家といえば三春。愛姫の父、田村清顕は奥州南部の要を押さえる一人。磐城を盤石にし、南奥を結束させるには、田村との結びつきは避けて通れない。


謁見の間に入ると、すでに田村家の使者が正座して待っていた。年の頃は五十ばかり、凛とした背筋に冬の冷気を纏っている。挨拶もそこそこに、彼は本題を切り出した。


「若殿――政宗様。愛姫様の輿入れの件、時期を早めたいとの大殿・清顕公の仰せにございます」


直球の申し出だった。だが、それは唐突でも無礼でもない。むしろ、この時期に動くのは理にかなっていた。磐城を得たばかりの今こそ、伊達と田村の絆を強く見せつける好機だ。


俺は顎に手をやり、しばし黙した。視線の先では、庭の松に白い霜が降りている。時間をかければ霜は溶ける。しかし、その間に冷えは根を回す。――磐城も同じだ。


「田村殿の意はよくわかった。……だが、一つ条件がある」


使者の眉がぴくりと動く。俺は続けた。


「傍らで警護を務め、幾度も命を預け合ってきた者が二人いる。小夜と伊佐だ。俺はこの二人を側室とするつもりだ。だが、それを正室となる愛姫殿にも、必ず承知させてほしい」


使者は一瞬、驚きの色を見せたが、すぐに口元を引き締めた。


「……なるほど」


静かな間の後、彼はゆっくりと頷いた。


「武人――いや、大名の長たる者が側室を持ち、子を多くもうけて家を大きくするのは、古来からの武士の姿。愛姫様、そして田村家としても文句はございませぬ。ただし――」


「ただし?」


「跡目は、正室たる愛姫様の御子とお約束くださりませ」


その言葉に、俺は迷わなかった。むしろ、その約束は最初から心に決めていた。


「それこそ武士の家の習い。正室の子を嫡男とすること、確かに約す」


「ありがたく」


使者は深く頭を下げた。その動きに、古くからの家の誇りと計算の両方が見えた。


謁見が終わった後、廊下を歩きながら小夜と伊佐にこの件を話すと、二人とも最初は顔をこわばらせた。


「……殿、それは……」と小夜が言いかけたところで、伊佐が遮る。


「俺たちを守るためじゃねえな。これは殿が家と家を繋ぐために必要な――」


「そうだ。お前らがどう思おうと、俺にとってお前らは戦場を生きて戻るために必要な半身だ。それを愛姫にもわかってもらわねばならん」


小夜は唇を噛み、やがて小さく頷いた。伊佐は鼻を鳴らし、「わかりましたよ」と短く言った。


夜、書院で一人、文机に向かう。田村家への返書は、礼と条件とを一筆に込めなければならない。筆を走らせる間、ふと米沢で学んだ言葉が頭をよぎった。――「結びは固く、ほどく道も備えよ」。


愛姫との縁は、南奥を固める縄となる。しかしその縄は、無理に締めれば切れ、緩めすぎれば解ける。俺はその締め加減を、これからの生涯で測り続けねばならない。


墨の匂いが夜気に混じる。遠くで城門の番兵が交わす声が、低く響いてきた。戦と政が同じ城に息づく音だ。


――磐城を守り、南奥を結び、そして天下の潮目を読む。


そのための一歩を、俺は今踏み出した。

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