『くノ一ギャル、降臨す──父の密命と黒脛巾五人衆』
その年の春、伊達家中にささやかな波紋が広がっていた。
梵天丸──すなわち我がこと、伊達政宗が疱瘡より奇跡的な回復を果たしたのち、父・輝宗の様子が明らかに変わっていたのだ。
以前の父は、冷静で、どこか“型”にこだわる人物だった。だが──今は違う。やたらと俺の様子をじっと見てくる。物思いにふけるふりをしながら、ちらちらとこちらを観察しているのが、五歳の俺にもバレバレだった。
ある日、庭で一人、竹刀を振っていると──父が声をかけてきた。
「梵天丸」
「はい、父上」
「……お前、疱瘡で死にかけたとき、何か“見た”か?」
「は?」
この人、とうとう俺の転生バレたんじゃないか?
「いや、なに。近ごろのお前は、どうにも“見透かすような目”をしておるからな……」
それ、たぶん中身がアラサーだからです父上。
だが言えるわけもなく、俺は「夢の中で龍を見たような」と適当な創作神話をひねり出した。
父はしばらく黙り込んだあと、目を細めて、静かに言った。
「ならば尚更、備えねばなるまい」
……備える?何を?
まさか俺が妖怪になると思ってない?バレた?呪われし疱瘡の子扱いされて追放?
不安が胸に渦巻いた、その翌朝。
「梵天丸さま、お迎えにあがりました」
声をかけてきたのは、小姓の片倉小十郎──まだ十代の青年ながら、冷静沈着でありながら兄のような優しさを持つ、俺の最も信頼する存在だ。
「父上から直接申しつかったそうでございます。奥の間へ」
連れられて向かった奥の間には、五人の男女が静かに膝をついていた。
全身を漆黒で包み、目元のみを覗かせる。
その中でも異様な存在感を放っていたのは──
褐色肌に金のメッシュ、目尻に赤いアイラインを引いた“黒ギャル風”のくノ一と、片目を隠す前髪、病的なまでに白い肌とダウナー系ボイスの“病みギャル風”くノ一だった。
「我ら、黒脛巾組。以後、梵天丸さまの影とならん」
──なんか、超すごいの来た。
(く、黒ギャル……!?戦国に……!?)
「拙者、“つばき”と申します。夜の隠密に長けておりますが……昼間でもお側におりますね♡」
「“黒羽”です。毒見と精神防御が専門ですが……ぼっちゃまの恋心の毒見も、致します?」
俺の中の前世オタク魂が完全覚醒した。
(やばい!ギャルが!くノ一が!混ざってる!!神展開すぎて嗚咽する!!!)
「……よ、よろしくおねがいしますっ!!」
身を乗り出して握手を求めそうになるのを、小十郎の冷たい視線で我に返る。
いや、小十郎より先に凍りついたのは──
「………………」
喜多だった。
乳母として冷静沈着を貫いてきた彼女の視線が、今、空気を氷点下にしている。
「梵天丸さま」
「は、はいっ!」
「“はしたない”という言葉を知っていますね?」
「はいっ!」
「おやつ抜きです」
「えっ!?」
戦国一の残酷刑、発動。黒羽とつばきが「うける~」と小声で笑い合っている。
小十郎が、こめかみに手をやりながら小さくため息をついた。
「父上は、梵天丸さまの身に何か……“異変”が起きたとお考えです。疱瘡を生き延びたのも何かの啓示かもしれぬ、と」
「え……」
「その上で、もし不吉な目に遭うようなことがあれば、それはきっと“人の因果”の方が悪いのだと」
だからこそ、父・輝宗は密かに忍びを側近に配し、敵も味方も“分からぬ世”に備えさせたのだ。
その父の愛情と、己に与えられた責務──小十郎の言葉の中に、そんなものが込められていた。
「……父上、俺のことを……守ろうとしてるんだな」
「はい」
「……ありがとう、小十郎」
静かに頷く小十郎の顔は、どこか弟を見守る兄のようだった。
だが。
つばき「んも~!感動シーン台無しだけど、坊ちゃんの涙、カワイイ♡」
黒羽「うん、たまんない。泣き顔も推せるぅ~♡」
──やっぱり俺の戦国ライフ、どうかしてる。