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『信長様へ──五歳児からの未来警告!?』

 元亀三年正月、みちのくの空気は凍てつくように張りつめていた。朝早くから屋敷の大広間には家臣たちがずらりと並び、年賀の挨拶を終えるたびに、緊張がほぐれた笑い声が漏れる。主君・伊達輝宗はその中央に陣取り、泰然たる姿勢で杯を捌きながらも、ひときわ上機嫌に見えた。理由は単純、いや、戦国の世では極めて戦略的な意味を持つ――“とっておきの贈り物”を用意していたからだ。


「この松鷹を、織田信長殿へ届けよ」


 父の言葉に家臣たちは小さくどよめいた。囲われた篭の中で、翼を畳んだ鷹が静かに父の左腕へと飛び移る。その爪は鋭く、眼光はまさに猛禽。名のある鷹匠が育てた逸品だと聞いていたが、現物を見るとその迫力は想像以上だった。


「尾張のうつけ殿も、これには面食らうであろうな」


 父は冗談めかしながらも、どこか楽しげに笑った。その笑顔を見た瞬間、俺の中で火がついた。


 ――この鷹に、ついでに“ある文”を託せば、歴史がどれだけ波打つか……見てみたい。


 そう思った時点でもう抑えが利かなかった。俺はこっそりと懐から懐紙と筆を取り出し、屏風の陰に身を潜めながら、短い文章をしたためていった。喜多から借りた小さな硯に雪解け水を垂らし、冷たい指で墨をとぐ。筆を走らせながら、自分でも“これ本当にやっていいのか?”という理性が頭をよぎるが、それ以上に知的好奇心が勝っていた。


 《織田信長公へ


 奥州の端より小さき者が僭越ながら一筆申し上げます。


 本年、武田信玄公、東海道を西へ進軍なされますが――ご老体ゆえか、まもなくご崩御なされます。


 三方ヶ原の戦にて一時勝利するも、そののち道中にて病み倒れ候。


 信じるか信じないかは、そなた次第。


 ――梵天丸》


 ……書いてしまった。歴史的大暴投。だが“戯れ”と笑ってくれるくらいの余裕が、信長にあると信じたい。


 俺はそっと懐紙を畳み、松鷹の脚に括りつけようと手を伸ばした。だが、その瞬間――


「梵天丸、何をしておる?」


 父の声音が耳元に響いた。まさか気づかれるとは思わず、俺はぎくりと振り向いた。父は俺の懐紙を見て目を細め、それを静かに手に取る。終わった……と顔をしかめていると、父はその短い文章を読み終えた後、腹を抱えて笑い出した。


「老い先短い、か! 信玄公が聞いたらぶち切れようぞ! いやいや……これは愉快じゃ」


 予想外の反応に、俺は口を半開きにして固まった。


「これを本当に信長殿に送るのか?」


「い、いや、それは冗談というか……戯れというか……」


「面白い。送ろう。戯れ歌と注釈をつけて、鷹の脚に括りつけよ。あの岐阜の信長殿が、どんな顔をするか想像しただけで胸が躍る」


「マジで!?」


 本気なのか、冗談なのか。父はその場で側近に命じ、清書をさせたうえで懐紙を金紙に包ませ、鷹の篭に密かに添えさせた。念には念を入れて「我が嫡子の戯れにござる」と明記までして。


 喜多は陰で青ざめ、小十郎は苦笑しながら「信長公はきっと面白がると思います」と言ったが、口元が少し引きつっていたのは見逃せなかった。


 後日、岐阜に鷹が到着し、例の文が開封されたとの報が入ったのは半月後だった。信長が笑ったのか、睨んだのか、それはわからない。ただ、返書にはこうあったという。


『信玄の病、奥州にて知るとは。鷹も驚くわ』


 父はその文を読んで大笑いし、「まこと、あの男は大物よ」と喜々としていた。だが、俺は背筋が少しだけ寒くなった。あの信長に「面白い奴」と記憶されたという事実が、今後どんな波紋を呼ぶか──自分でもまったく読めなかったからだ。


 未来は、もう過去のものじゃない。歴史にいたずら書きをした俺は、ついに本当の“戦国”に足を踏み入れてしまった気がした。

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