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『新たな舟出の村』

織田信長から贈られた安宅船が松川浦に到着してから数日後、俺は新たな一手を打ち始めた。


信長が送ってくれた船大工――源左衛門という初老の男を呼び寄せ、俺は直接話を聞くことにした。源左衛門は見るからに堅実そうな顔立ちで、長年の経験を示すような深い皺が目尻に刻まれていた。


「源左衛門殿、この度は遠路はるばるよく参られた。改めて礼を申し上げる」


源左衛門は穏やかに微笑みながら、丁重に頭を下げる。


「政宗様のようなお方のお役に立てれば、これ以上の喜びはございませぬ。どうか存分にお使いください」


彼の口調は静かだが、その中には熟練の職人としての自負がうかがえた。


俺は改めて彼に問いかけた。


「さて、まずは安宅船よりも小さな、小早船を何隻か造りたい。松川浦の者たちが使いやすく、船に馴染むように。もちろん、ゆくゆくは我らが自身の手で船を作れるように、技術の伝授もお願いしたいのだが」


源左衛門は満足げに頷く。


「心得ました。それならば、まずは三艘ほどから始めましょうか。安宅船の技術は高度ですが、小早船であれば松川浦の若い者たちでも十分に学べるでしょう」


俺は即座に頷いた。


「うむ、ぜひそうしてほしい。急ぎ必要な材料や人手を集めよう。近頃は戦の影響で、村を失ったり田畑が荒れ果てて暮らしに困った者たちが増えていると聞く。高札を立て、松川浦へ彼らを呼び込むことにしよう」


すぐさま松川浦の街道沿いに高札を立てさせると、書かれた内容に多くの者が興味を示した。


『松川浦にて船造りを始める。技術を学びたい者、職を求める者、住処を失った者、広く人手を求む。伊達家は諸君らを歓迎する』


最初はどうせ人が集まらぬだろうと思っていたが、予想以上に多くの者たちが松川浦を目指してやってきた。戦で家を焼かれた者、耕す田畑を失った農民、行き場をなくした若者たちが、新たな生き方を求めて集まってきたのだ。


俺はそれらの者たちを見て、胸に温かい感動を覚えた。彼らの顔は疲れ切ってはいたが、その瞳には新たな希望の光が確かに宿りつつあった。


源左衛門はそんな者たちを集めて、ゆっくりと丁寧に船造りの技術を教え始めた。彼の教え方は穏やかで的確だったため、素人同然だった村人たちも少しずつ自信を持ち始めた。


俺は日々の造船の様子を確認するため、松川浦に何度も足を運んだ。


まだ春には程遠く、凍えるような風が松川浦に吹きつけているにもかかわらず、作業をする村人たちの顔は生き生きとしていた。毎日新たな船が形を成していくたびに、彼らの顔には達成感と希望が満ち溢れた。


ある日、俺は作業を終えた村人たちが囲む焚き火の輪に加わった。火の温かさに身体を委ねながら、俺は彼らと静かに語り合った。


「皆、辛い思いをしてきたろう。だが、松川浦はこれからもっと豊かな土地になる。ここで船を学び、海に出て、共にこの地を栄えさせようではないか」


俺の言葉に村人たちは頷き、互いに顔を見合わせて微笑んだ。


「政宗様の言葉を聞くと、なんだか心が温かくなります。もう一度、ここで生きてみようと思えまする」


年老いた農民が涙ぐみながら呟くと、周囲の者たちもまた静かに頷いた。


俺はその光景を見て、胸が締め付けられるような思いを感じた。俺が目指すのは、ただ領地を広げることではない。この土地で暮らす者が笑って生きられる世を築くことだ。そのために、戦ばかりではなく人々の生活にも目を配り続けなければならないのだと、改めて感じた。


そしてある夜、源左衛門が俺のところへやってきて、小さく微笑みながら言った。


「政宗様、この松川浦はよい土地でございますな。人々の顔が日に日に明るくなり、笑い声が戻ってまいりました。殿のお心が通じております」


俺は謙遜して首を振った。


「いや、源左衛門殿のおかげだ。そなたがいなければここまで人は集まらなかった。改めて礼を言う」


「いやいや、私ども船大工は、殿が進むべき道を示してくださったからこそここにおりまする。伊達家が海を通じて豊かになり、争いのない世を作る手伝いが出来ること、我々も誇りに思います」


俺はその言葉を胸に刻みながら、小さく頷いた。


松川浦の海が、夜の闇にきらめきながら静かに波打っている。その波の音は、まるで未来へと進む新たな鼓動のように、力強く響いていた。


俺の夢は少しずつだが、着実に前へ進んでいるのだと確信した瞬間だった。

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