『布団の陣』
風邪というのは、どうにも格好がつかないものである。
四倉の合戦をくぐり抜け、母や叔父の鋭い嫌味を何とか切り抜け、さらには叔父の実元との宿泊で熱く伊達の未来を語り合ったその帰途――雪深い冬道で俺は見事に風邪を引いてしまったのだった。
中村城へ戻った時には、すでに頭はぼんやりとして、身体中が熱っぽかった。熱が上がるにしたがって、俺は次第に幼いころに戻ったかのように、力なく布団の中でくるまっていた。
「……うう、無念……」
ため息と共に呟けば、障子の向こうから慌ただしい足音が聞こえ、勢いよく障子が開けられた。
「若殿、お具合はいかがでしょう!」
声の主は、伊佐だ。
その後ろから、小柄な影がちょこんと顔を出した。
「殿……お風邪を召されたと聞きました。小夜がなんとか致します……!」
小夜の頬がぽっと赤く染まっている。何を考えているのか分からないが、何やら妙に気合いが入っているようだ。
二人は布団の傍らに近寄ると、伊佐が腕をまくり上げながら張り切って言った。
「若殿、こういう時は体温が肝心です。薬もよろしいが、やはり人肌で温めるのが一番。失礼ながら、我らが布団に入りお身体を温めまする!」
「……は?」
俺が唖然としたまま固まっていると、小夜までが力強く頷いた。
「そうでございます! 人肌こそが最高の薬! 小夜がこの小さな身体で殿をしっかりと温めます!」
そう言いながら、小夜は自らの袖をまくり始めた。普段おとなしいはずの小夜までが何を言い出すのかと思えば、人肌治療とは。病に伏せているのに、なぜか俺の方が頬を赤らめてしまう。
「いやいや、二人とも。風邪がうつったらどうする。私は大丈夫だから――」
俺が必死で抵抗しようとすると、伊佐が涼しい顔で言った。
「何を仰いますか。殿のお命に比べれば、我らの風邪など小事! ご安心ください、私の体温はいつでも万全でございます!」
「いや、そういう問題じゃ――」
「小夜も負けません! この小さな身体を殿のために捧げる覚悟でございます!」
小夜は妙な迫力で鼻息を荒くしている。いつも冷静な伊佐と控えめな小夜が揃って妙な熱を帯びてしまっている。
その時だった。障子が勢いよく開かれ、険しい表情をした喜多が姿を現した。
「何を騒がしくしておるのです!」
喜多の一喝に、伊佐と小夜がびくりと肩を震わせる。
「喜多……いや、これはだな――」
伊佐が何かを弁明しようとしたが、喜多は眉を吊り上げて、二人をじろりと睨みつける。
「若殿がお風邪を召されているというのに、そなたらは何を企んでおる!」
小夜が慌てて袖を下ろし、視線を泳がせながら小声で弁解を試みる。
「いえ、あの、人肌で殿を温めようと……」
しかし喜多の目がさらに鋭くなり、小夜の言葉は途中で途切れてしまった。
「人肌などと、馬鹿げたことを! 殿はお風邪を召されておられるのだ。静かに寝かせるのが一番。さあ、出て行きなさい!」
「は、はいっ……」
伊佐と小夜はしゅんと肩を落として、部屋から追い出されていった。最後に伊佐が名残惜しそうに俺の布団をちらりと振り返ったが、喜多の鋭い視線に射貫かれ、慌てて障子を閉めて去っていった。
喜多は深いため息をつくと、呆れたような表情で俺の布団を整え直した。
「若殿、失礼いたしました。二人には後でしっかりと言い聞かせておきますゆえ」
「ああ……まあ、悪気はなかったのだろうが……」
俺は苦笑いを浮かべ、布団の中で身体を丸めた。熱でぼんやりした頭が、少しだけすっきりとした気がした。
喜多は俺の額に手を当て、優しい声で言った。
「殿のお気持ちはよく分かりますが、今はゆっくりお休みなさいませ。殿が元気でいてくださらなければ、家臣一同が困りますゆえ」
その言葉に、俺は小さく頷いた。確かに、俺が元気でなければ誰もが困るだろう。伊達家の未来のためにも、この風邪を早く治さねば。
「喜多……済まぬが、もう少し側にいてくれないか?」
俺が弱々しい声で頼むと、喜多はふっと柔らかく微笑み、小さく頷いた。
「はい、殿。お風邪が良くなるまで、私が側におりますゆえ」
喜多の穏やかな声に包まれ、俺は再び目を閉じた。
冬の寒さは厳しいけれど、こうして家臣たちの温かさに触れると、心がぽかぽかと温かくなる。こんな日があっても、悪くはない――。
そんなことを思いながら、俺は深い眠りへと落ちていったのだった。