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『宿の灯、夢を語る』

米沢の城を出た俺は、未だ胸に母と叔父との対峙を引きずっていた。空気が頬を刺すほど冷たい冬の街道を馬で進むうちに、気持ちも次第に整いはじめていた。冬の空はどこまでも澄み、心地よいほどの静寂が周囲を覆っている。


その日の宿に着いた頃には、夕暮れの空が茜色に染まり、宿の前にはすでに一頭の立派な馬が繋がれていた。見覚えのある家紋を目にして、小姓が小さな声をあげる。


「若殿、これは実元様の馬では?」


俺は頷きながら宿に入り、帳場に確認すると、案の定、伊達実元が同じ宿に投宿していた。俺は早速実元の部屋へと挨拶に向かった。


障子を開けると、実元はにこやかに俺を迎えてくれた。


「おお、これは政宗殿。いや、まだ藤次郎殿と呼ぶべきかな? 偶然にも同じ宿とは、これも何かの縁というものでござろう」


「実元様、相変わらずお元気そうで」


実元は俺を座らせると、夕飯を共にすることを提案した。俺も快くそれを受け入れ、暖かな膳を囲むこととなった。


料理を口に運びながら他愛のない話を交わしていたが、やがて実元は静かな表情で俺を見つめ、改まった口調で問うた。


「藤次郎殿、少々失礼な問いになるやもしれませぬが……伊達家をいかがしたいと考えておられるのかな?」


不意を突かれ、俺は少し箸を止めたが、すぐに気を取り直して答えた。


「実元様は率直なお方だ。その問い、決して失礼には思いませぬ」


俺はしばらく考え込みながら、己の胸中にある思いを言葉に紡いでいく。


「伊達家は……私は、下総以北から気仙沼あたりまでを一つの領域としたいと考えております」


「ほう、それはまた広く取られましたな」


実元は興味深げに頷きながら杯を口に運んだ。


「されど、ただ領地を広げるのみが目的ではございません。東国を治め、西国の覇者と手を結び、この乱れた世を争いなき世に変えたいと思っているのです」


その言葉に実元の眼差しが少しだけ鋭くなった。


「西国の覇者とは、織田信長殿のことですかな?」


俺は頷き、静かに言葉を継ぐ。


「はい。信長殿はやがて都を中心に天下を統べるでしょう。ならば我らは北の地を穏やかに治め、互いに手を取り合って平穏な世を作ることが肝要かと」


実元は興味深げに頷いたが、その瞳にはさらに鋭い光が宿っていた。


「天下を、目指されぬのですかな?」


俺は杯をそっと置き、静かな口調で返した。


「実元様、私がもし北から都を目指し、戦火を広げて攻め上ったとしたら――それこそ、この戦乱の世は永遠に終わりが見えないのではないでしょうか?」


その問いかけに、実元は静かに息を吐き出し、深く頷いた。


「なるほど……実に聡明な考えでござるな。確かに、天下を取るためだけに乱を広げれば、民は終わりなき戦に巻き込まれるばかり。藤次郎殿は、まこと賢く、また思慮深い」


実元の顔に浮かんだ穏やかな表情に、俺は胸を撫で下ろした。


「お褒めに与り、恐悦至極に存じます。実元様のような方に認めていただければ、己の進むべき道が間違っていないと確信できます」


すると実元は杯を空にすると、穏やかな口調で新たな話を始めた。


「藤次郎殿、実はもうしばらくしたら、我が息子の藤五郎も戦働きが出来る年齢となります。その折には、必ずや若殿の元に送り、存分に働かせる所存でございます」


その言葉に俺は驚きと共に感激を覚え、深々と頭を下げた。


「実元様……それほどのお言葉をいただけるとは。この政宗、身に余る光栄でございます」


実元は俺を静かに見つめ、柔らかな笑みを浮かべた。


「藤次郎殿、いや政宗殿。そなたの思慮と志、必ずや伊達の繁栄をもたらすでしょう。私はそなたの描く未来を信じますぞ」


その言葉は胸に熱く沁みた。年長者である実元が、俺の考えをここまで理解し、支持してくれる。それがどれほどの力になるか。


夜が深まり、宿の灯がゆらめく中、俺と実元は酒を酌み交わしながら、静かに伊達家の未来を語り合った。


「政宗殿の夢が叶う日を、この実元も楽しみにしている」


「はい、必ずや叶えてみせます。争いなき世を作るため、この命をかけて」


実元と俺の杯が、軽やかな音を立てて触れ合った。


この偶然の出会いが、未来の伊達家を支える一つの礎となる――そんな予感が俺の胸の内に確かに生まれていた。


冷たい冬の夜だったが、宿の中には温かな希望の灯が揺らめいていた。

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