表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/194

『三方ヶ原の向こう側──祖父と父と、歴史オタクの正月挨拶』

 正月明けの晴れた朝。


 俺は、父・輝宗に連れられて信夫郡・杉目城にやってきた。


 伊達家の元・当主、そして今の父の“上司”にして――

 俺の祖父、伊達晴宗殿に年始の挨拶である。




「……お久しゅうございます、父上。御身いかがでございましょう」




「……まぁまぁじゃ。そなたこそ、よう風邪などもひかずにおる」




 輝宗が襟元を正し、晴宗は杖をつきながら厳かに応じた。

 二人の間に漂う空気は、親子というより、何かもっとこう……政治の香りがする。




 俺もすかさず、例の“5歳モード”で正座してぺこりと頭を下げた。


「おじいさま、ことしも、どうぞよろしくおねがいもうしあげます」




 晴宗の眉がぴくりと動いた。




「おぉ……これはまた利発な。顔つきもすっかり“次代の顔”になったのう」




 その“次代”という言葉に、父と祖父、互いに一瞬だけ視線を交わす。




 (……うわぁ、この空気、なんか怖いな。いや、政治の現場ってこういうもんだ)




 晴宗は炭をついと押さえながら、ゆっくりと告げた。




「くれぐれも足利将軍家への付け届けは怠るでないぞ。

 京は遠かれど、信義は心にこそある」




 (……おっと、晴宗公はまだ“室町将軍家”に希望を抱いてるのか)




 父・輝宗は苦い笑みを浮かべて応じた。




「父上のお気持ちはよく分かりまする。

 ……ですが、今や実を成すのは将軍家にあらず」




「ふん……では、何だというのじゃ」




「織田信長こそ、現下の上策。今は、あれを頼むが筋道と存じます」




「信長……? あの、尾張の若造がか?」




「もはや尾張の若造ではありますまい。足利義昭公を京に据え、幕府の実権も――」




 ここで、俺は黙っていればよかった。


 でも。




 (ああ……言いたい。言っちゃいけないけど言いたい)




 ……口が、勝手に動いた。




「たしか……この年、つまり元亀三年……武田信玄が動いて、織田・徳川連合と三方ヶ原で……」




「……!?」




「織田徳川は……まぁ、敗れるんですけど、でも……いや、でも、信玄はその後……」




 その場が、一瞬で凍った。




 (……しまったぁぁぁああ!!)




 俺は慌てて口を閉じた。




 輝宗が、目だけで問いかけてくる。


 『お前……何を言った?』




 晴宗が、胡坐のまま首を傾ける。


「ほぅ……梵天丸。そちは、その“三方ヶ原”とやらを知っておるのか?」




「……えっ、えっと……まんがで、よみました……」




「まんが?」




「……え、えと……小十郎に、かいてもらった……おはなしで……」




 (頼む、小十郎、後で辻褄あわせて……!!)




 輝宗が咳払いした。


「……梵天丸は病の折に、よう物語を読ませておりましたのでな。

 なにかと想像の翼が、広がるようで……」




 (父上ぉぉぉ!! ありがてぇぇぇぇ!!)




 晴宗はひとしきり俺の顔を見た後、ふっと笑って、




「面白い童じゃの。まるで、未来を知っておるかのようじゃ」




 (まさにそれなんです……お祖父様)




「じゃが、信玄が動く、か……ほう」




 晴宗は、遠くを見るように語った。




「信玄が東より動けば、我ら奥州にも影が及ぶ……。

 いずれ、“見えぬ戦”が、この地にも流れてくるかもしれぬのう」




「……父上、それゆえにこそ、織田の動向に目を向けるべきと存じます」




 晴宗は再び炭をつまみ、火箸を揃えるように、静かに言った。




「まぁよい。いずれ、時の流れが答えを出すじゃろう」




 (その通りです……お祖父様。時代は、織田の時代へと移りゆく)




 ……だが、この時代の人々には、まだその未来が見えていない。


 俺ひとりだけが知る“この先の日本史”。




 それが、時に“口から漏れる”ことの恐ろしさを、この日、痛感した。




 ──以後しばらく、俺は喜多に“発言監視”されることになる。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ