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天然痘から始まる伊達政宗転生の天下統一~ 独眼竜と呼ばれても中身はただの美少女好き戦国オタクです~  作者: 常陸之介寛浩★OVL5金賞受賞☆本能寺から始める信長との天下統一
第二章(第2巻分目)『戦国を歩む伊達藤次郎、春の烽火』

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『傷を癒し、刃を研ぐ時』

凛と張り詰めた朝の空気が、中村城の書院に静かに流れている。筆を走らせる俺の手は慎重で、紙の上の一文字一文字に、感謝と敬意、そして新たな戦略への布石を刻んでいた。


宛先は三春、田村清顕。


「この度のご助勢、誠に感謝に堪えません――」


指先に籠めたその言葉は、俺の本心だった。あの一報がなければ、鬼庭左月も遠藤基信も、そして我が伊達軍も、四倉の地で血に塗れた敗北を喫していたかもしれない。田村家の出陣は、たしかに“引き分け”という形を我らに与えてくれた。


「……いや、違うな。“敗北を防いだ勝利”か」


そんなふうに独りごちながら、筆を置こうとしたその時、廊下から騒がしい足音が聞こえてきた。


「若殿! 左月殿と遠藤殿、ただいま御城へ!」


俺はすぐに立ち上がった。胸に去来するのは、懐かしさと、少しの緊張だ。勝利でも敗北でもない、あの苛烈な戦場から帰ってきた彼らに、俺はどんな顔で向き合えばよいのか。


やがて城の庭に姿を現した二人の男に、思わず息を飲んだ。


鬼庭左月――その豪胆不敵な男の頭が、見事なまでに剃られていた。


「……なんだその頭は」


「はっ。若殿、申し訳ありませぬ」


左月は地に膝をつき、深く頭を垂れた。


「この左月、若殿の命に背き、戦を挑んだあげく、引き分けに持ち込むのがやっとでござった……その罪、骨に染み入っておりまする」


剃り上げた頭が霜に濡れ、寒さに震えているのが痛々しい。それでも、その姿には男の矜持と、誠の謝意がにじみ出ていた。


そして隣に控える遠藤基信は、右腕に包帯を巻き、表情にはかすかな疲れの色を浮かべながらも、静かに頭を下げた。


「左月殿を止められず、また拙者も守りきれぬ場面がありました。お叱り、いかようにも……」


俺は二人の姿をじっと見据え、しばし沈黙した。だが、その沈黙は、責めるための間ではなかった。


「……よく、戻ってきてくれたな」


そう口にした瞬間、二人の肩がぴくりと震えた。


「左月。おぬしの突撃は、たしかに早計だった。だが、それでも結果は引き分けだ。田村家の出陣を呼び込んだのも、そもそもおぬしの行動あってのこと。死なずに戻った、それが何よりだ」


俺がそう言うと、左月は小さく嗚咽を漏らした。


「小高に戻れ。城を守れ。もう無茶はするな。守りの鬼であれ。それが今の戦だ」


「は、はは……御意……御意にございます!」


泥のように深く頭を下げる左月の背中に、俺は静かに視線を注いだ。


「そして、基信。おぬしには湯に入ってもらう。飯坂へ行け。湯治だ」


「湯……湯治でございますか?」


「傷を癒さぬまま戦に出られても、俺は使いようがない。休め。今は“動かぬこと”が最善の策だ」


基信は唇を引き結び、ようやく静かに頷いた。


「……承知仕りました。しばし、骨を温めさせていただきます」


「その言い方がすでに骨の冷えきった男だな。せめて湯に浮かんで、笑ってみろ」


少しだけ口角を緩めた基信に、俺は満足げに頷いた。


その後、俺はすぐさま次の指令を下した。呼び出したのは、鬼庭右衛門――あの豪傑左月の嫡男でありながら、冷静と胆力を併せ持つ希有な若者だ。


「右衛門。おぬしに新たな任を与える。夜ノ森に砦を築け。佐竹・岩城の動きに備える“目”だ。動き次第ではすぐさま殴り込める牙にもなる」


右衛門は無言で深く頭を下げた。


「砦は小さくとも良い。見晴らしを優先せよ。隠すのではない。堂々と見せて、睨みつける。佐竹と岩城に“伊達はまだ睨んでいる”と知らしめろ」


「御意」


「……それとな、父上のようにいきなり突撃はするな。俺の心臓がもたん」


右衛門の口元が一瞬だけ緩み、しかしすぐに引き締まった顔で深く頷いた。


「若殿の心臓を守るためにも、動きます」


頼もしさに胸が熱くなる。この青年が、伊達の未来を支えていくのだ。


夜、筆を取り、再び令状の続きを書く。田村家への礼状の傍らに、新たな布陣図を描きながら、俺はまた一歩、未来を見据える。


伊達家は、まだ若い。だが、こうして一人一人が命をかけて、背中を預けてくれる。


それに応えるためにも、俺は歩みを止められない。


戦が終わったわけではない。だが――


「少しだけ、火は静まったな。今は、刃を研ぐ時だ」


灯火の揺らめきの中、俺は静かにそう呟いた。

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