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天然痘から始まる伊達政宗転生の天下統一~ 独眼竜と呼ばれても中身はただの美少女好き戦国オタクです~  作者: 常陸之介寛浩★OVL5金賞受賞☆本能寺から始める信長との天下統一
第二章(第2巻分目)『戦国を歩む伊達藤次郎、春の烽火』

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『四倉の火、そして風』

冬の浜風が土煙に混じり、硝煙の匂いを運んでくる。海鳴りが微かに聞こえる四倉の原野。その地に、我が軍の命運がかかっていた。


鬼庭左月が率いる本隊と、遠藤基信が率いてきた援軍が合流したのは三日前のことだ。俺の命により右衛門と黒脛巾組が背後で動き、何とか平城包囲の継続を止め、左月を説得し戦場の主軸をこの四倉へと移させた。


そして今、伊達軍三千が、この原野で佐竹・岩城連合軍六千と対峙している。


**


「敵の幟、風に靡いておるな……」


平地に張られた陣幕の中、俺は報告書を睨みつけるように読んでいた。報せは次々と届く。佐竹義重みずからが到着し、岩城常隆と共に指揮を執っていること。敵勢の半数近くが騎馬兵であること。そして、我が伊達軍がじわじわと押され始めていること。


――やはり、数の差は伊達ではない。


佐竹の用兵は粗野に見えて実は緻密。前線に圧力をかけながら、側面を削り、じわじわと包囲する戦術は、かつての武田信玄を思わせる。鬼庭左月の突破力と、遠藤基信の防御線構築の巧さでなんとか踏ん張ってはいるが、戦線は日ごとに押し込まれていた。


その知らせを受けた時、俺の胸は焦りと苛立ちで満たされていた。


「あとひと押しで崩れる……。だが、崩れてしまえば一気に南の防衛線が瓦解する……!」


**


そのときだった。


使者が駆け込んできた。冬の泥を跳ね上げながら、声を震わせて報告する。


「三春より、田村家の軍勢二千、動いたとの報せ!」


「田村……!」


俺は立ち上がり、報告書を掴んだまま胸が熱くなるのを感じた。田村清顕。俺の許嫁の実家、親交を深めていた南奥州の雄。その動きが、いまこの局面で起こったというのか。


「……これは、運命がこちらに風を送ってくれているのか」


田村軍二千。その数自体は劇的な逆転には届かない。だが、“どの陣営に与するか分からぬ”中立の名家が、伊達に味方した――その事実こそが大きな意味を持つ。


俺は即座に伝令を走らせた。


「四倉の陣に告げよ。田村家、我らに与せり! 田村勢、南西より迫る! 敵の背へ回り込むと伝えよ!」


この一報が、火に包まれていた四倉の陣に、突風のように吹き込んだ。


**


その日の午後、鬼庭左月と遠藤基信の元にも、田村軍の進軍を知らせる狼煙と使者が届いた。


敵陣、ざわめく。佐竹義重は即座に偵察を放ち、背後に迫る田村軍の動向を探らせた。その報せが届いたとき、佐竹・岩城軍は瞬く間に騒然となった。


「田村が……伊達と共にあるというのか!」


岩城常隆の顔色が青ざめる。これまで岩城と佐竹が勝っていたのは、周辺諸侯の沈黙があったからこそだ。そこに田村が動く。三春が伊達と共にある。


これは、もはやただの“局地戦”では済まない。


**


日が傾きかけた頃、佐竹義重は判断を下す。


「平城へ退く」


岩城常隆は激昂しようとしたが、佐竹はそれを睨み据えて静かに言った。


「ここで我らが大損を出せば、奥州全土が伊達の舞台と化すぞ。田村がついた。次は白河か。いや、蘆名さえ揺らぐかもしれぬ」


そして、佐竹・岩城連合軍は陣をたたみ、ゆるやかに平城へと引き始めた。


伊達軍、深追いせず。


**


その夜、四倉の地にようやく静けさが戻った。左月の軍も基信の軍も、消耗は激しい。負けてはいないが、勝ちでもない。だが、敗色濃厚だった戦が、“引き分け”で終わったことは、事実上の勝利である。


鬼庭左月は砦の前で胡坐をかき、遠く田村勢の旗を見上げながら口元をゆるめて言った。


「はは……まさか、あの田村が……。若殿の文才と人脈は、まるで見えぬところにまで届いておるな」


その言葉を、隣で聞いていた右衛門が小さく笑う。


「……父上様、命惜しんでくださいと何度申し上げても、聞かれぬはずでございます」


「うるさい。生きてたら勝ちだ」


右衛門が呆れ、左月が笑う。その空気に、兵たちはようやく、少しだけ身体の力を抜いた。


**


俺のもとに“合戦引き分け”の報が届いたのは、翌朝のことだった。


使者の口から「田村家、出陣」の一言を聞いた瞬間、俺は静かに机の上に手を置いた。


「……動いてくれたか、田村殿」


胸の奥に、じわりと熱いものが広がった。


「勝ちはせぬ。だが、道は開けた」


俺はそう呟いて、地図をもう一度広げる。


磐城の動き、佐竹の退き、田村の前進。南奥州は、いま、揺れはじめている。


そしてこの揺れは、やがて津波のような大波を呼び寄せるだろう。


俺は筆を取り、新たな戦の手を練り始めた。


天下へと続くその先を、俺の手で切り開いていくために――。

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