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『時を待つ、それも戦略』

上杉謙信――越後の龍と称えられた名将。その謙信がこの世にいる限り、上杉家の軍事力は圧倒的な威圧感を持ち続けるだろう。


しかし俺は、この越後の龍に残された時間がそう長くないことを知っていた。歴史の流れは変わることなく、時が来れば謙信は病に倒れ、その跡を巡って家中は壮絶な争いに巻き込まれる。


その日が訪れるまで、伊達家が焦る必要はない。むしろ急いてはならないのだ。


晩秋の澄みきった空気が、頬をひんやりと撫でていた。俺は中村城の庭に佇みながら、じっと北の空を見つめていた。そこに微かな気配を感じて振り返ると、米沢から訪れた使者が俺に深々と頭を下げていた。


「若殿、輝宗様よりのお言葉をお伝えに参りました」


「うむ、聞こう」


俺は静かに応じ、使者は一息つくと慎重に口を開いた。


「輝宗様は、若殿の意図どおり蘆名家への敵対行動を一旦停止することを決定されました。表向きは冬の到来による軍事行動の困難を理由としておりますが、その内実は若殿のお考え通りでございます」


俺は深く頷き、視線を再び北へ戻した。


――そうだ、今は耐えるときだ。あえて蘆名との摩擦を避け、上杉家を刺激せぬよう大人しく待機するのが最善の策である。


「父上も分かってくれたようだな」


俺が小さく呟くと、使者は恐縮した様子で改めて礼を取った。


「はい。輝宗様も若殿の深謀に感服なさっておりました。『やはり我が子は未来を見通しているかのようだ』と仰っておられました」


その言葉に俺は苦笑いを浮かべたが、顔には出さず静かに応じた。


「いやいや、俺はただ焦ることが無駄だと言っただけだ。大事なのはここでじっと耐え、流れを見極めること。天下を左右する波を掴むには、それが一番肝心なのだ」


使者はさらに深々と頭を下げると、俺に敬意を表して静かに去っていった。俺は再び庭に目を向け、目の前に広がる景色を眺めながら、ふと上杉謙信という男の姿を思い浮かべた。


謙信という男は、確かに恐るべき存在だ。戦場に出れば敵の意表を突き、瞬く間に戦況を変える稀代の軍略家。その存在感は、奥州から北陸までを震え上がらせるに十分なものである。


しかし、歴史とは皮肉なものだ。謙信が亡くなれば、あれほど強大だった上杉家は呆気なく崩れていく。その運命を知っている俺は、焦る必要など全く感じない。


「人はやがて死ぬ。偉大な名将もまた例外ではない。謙信亡き後、越後は争いに明け暮れ、その隙に我ら伊達は奥州での地盤を固められる」


俺の独り言は、風に乗って庭の木々のざわめきと共に消えていった。


日が沈みかけた頃、黒脛巾組の者がまた俺の元に姿を現した。


「殿、蘆名家の動きですが、こちらが動きを止めたことで安心したようでございます。上杉家も兵を引き上げ、国境の緊張は一気に緩和しました」


俺は微かに口元を緩めながら頷いた。


「よし、それで良い。安心させておけば良いのだ。向こうは我々が冬を恐れていると思っているだろう。だがこちらは、そんな表面的なことに囚われてはいない」


黒脛巾組の男は淡々と頷き、再び俺の前から音もなく姿を消した。


夜になり、俺は灯りを消した居室で静かに座していた。真っ暗な中、俺の心は驚くほど落ち着いている。謙信が生きている限り、こちらからの動きは最小限に留めるべきだ。今は、来るべき混乱のときをじっと待つだけだ。


「焦るな。歴史は必ず俺たちの味方をする……」


そう呟く俺の言葉は、自分自身への確認であり、同時に自信の現れでもあった。


やがて障子の向こうから冷たい風が吹き込み、俺は肌寒さを感じて襟元を閉じた。冬の足音が確実に近づいている。越後に、そして奥州に激動の時代が迫っているのだ。


「謙信殿、俺は待つぞ。そなたが生きているうちはな……」


俺は静かな覚悟を胸に刻み、深く息を吸い込んだ。


時を待つこと、それもまた戦略である。急いては全てを台無しにしかねない。このときのために、俺は過去から得た知識を慎重に使うのだ。


窓の外では、月が静かに輝き、周囲を照らしていた。その静けさは、嵐の前の静寂にも似ている。


俺は目を閉じ、静かに時を待った。

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