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『動かぬものを動かす術』

深い霧が立ち込める朝だった。俺は静かな庭を歩きながら、ゆっくりと立ち止まり、視線を遠くの山並みに投げかけた。


「蘆名家の動きを確かめておかねばな……」


思いを巡らせていると、俺の背後から慎重な足音が近づいてきた。振り返ると、少しばかり慌てた様子の大内定綱がそこに立っている。


「若殿、呼ばれましてござりまするか」


「おお、定綱。そなたを待っておった」


俺は微笑を浮かべ、わざと穏やかな調子で彼に告げた。


「少々、蘆名家を刺激してみようと思う。ほんの小競り合い程度の戦を仕掛けてみてくれ。無論、大事にならぬ程度にな。蘆名がどのように動くか、見極めるためだ」


俺の言葉を聞いた定綱の顔色は、一瞬青ざめかけたものの、すぐに意図を察したのか、にわかに表情を引き締めて深く頷いた。


「承知つかまつりました。さっそく兵を動かし、蘆名の出方を試してまいります」


そして定綱は、普段の陽気さから一転、きびきびとした動きでその場を後にした。


数日後、小規模な軍勢を率いた定綱が蘆名領へと軽い仕掛けを行ったという報告が届いた。大事にはならぬよう命じてあるが、あえて派手に兵を動かしたのだろう。さっそく黒脛巾組の者が俺の元を訪れた。


「殿、蘆名家の動きは予想通りですが、それ以上に興味深い情報がございます」


「ほう……言ってみろ」


俺が軽く促すと、黒脛巾組の男は淡々と報告を続けた。


「上杉家が蘆名家への援軍準備を進めている兆候がございます。越後の新発田にある上杉軍の動きが、通常のものではありません」


「やはりか……」


俺は静かに頷きつつ、顎に手をやった。蘆名家と上杉家は表向きには明確な盟約を結んでいないはずだが、以前からその裏に何らかの約束事があるのではないかと疑っていた。


「やはり、上杉は蘆名家と裏で盟約を結んでいるようだな」


俺が呟くと、忍びの男は小さく頷いた。


「恐らく間違いございませぬ。このままでは大内殿の軍が上杉勢の介入を受ける可能性がございます。いかがなさいますか?」


「それはこちらも想定の範囲内だ。父上様に動いていただくとしよう」


俺はすぐさま文をしたため、早馬で米沢城の父・伊達輝宗の元へと送った。手紙には、国境付近で兵を動かし、上杉に圧力をかけるよう依頼する旨が簡潔に記してある。


俺の計画通り、伊達輝宗は迅速に行動を起こした。翌日には米沢領と上杉領の国境に兵を動かし、明らかな牽制行動に出たのだ。


その動きを察知した上杉家は、予想通り大きく動揺した。黒脛巾組の報告によれば、上杉の兵は蘆名への援軍準備を中止し、代わりに伊達領との境に防衛線を張り直したという。


この結果を受けて、俺はすぐさま定綱に伝令を送り、小競り合いを終えて兵を引かせるよう指示した。大内定綱は迅速に対応し、大きな損害を出すことなく蘆名領から撤退した。


再び静かな城の庭で俺は定綱と顔を合わせた。


「ご苦労だったな、定綱。おかげで興味深い情報が掴めたぞ」


俺の言葉に、定綱は安堵の笑みを浮かべた。


「若殿、さすがは恐るべき先見の明でございますな。私は正直、肝を冷やしましたが……」


「心配するな。上杉の動きが確認できたことで、蘆名と上杉が密約を結んでいることがはっきりした。これは我らにとって大きな収穫だ」


俺が穏やかに告げると、定綱は深々と頭を下げた。


「恐れ入りました。まさか若殿がここまで周到にお考えとは……」


「はは、褒めても何も出ないぞ、定綱。ただな、今回のように『動かぬものを動かす』術はこれからも大いに役立つだろう」


俺は軽く笑ってそう言いながらも、内心では今回得られた情報の重みを感じていた。


蘆名家と上杉家が裏で手を結んでいる――それは今後の伊達家の動きにおいて、決して無視できない重要な要素だ。


庭に吹き抜ける風が俺の頬をかすめ、葉を散らしてゆく。


「定綱、これから忙しくなるぞ。相手が仕掛けてくる前に、こちらから仕掛ける。これが戦の基本だ」


「はい、心得ましたぞ。若殿のお導きがあれば、どんな戦であろうと負ける気がいたしません」


定綱の大げさな言葉に俺は軽く苦笑しながらも、改めて遠くの山々を眺めた。冬の到来を予感させる風は冷たく、その冷気は、今後さらに激しくなるであろう奥州の覇権争いを告げているようだった。


俺は深く息を吸い込むと、静かに微笑んだ。


「さあ、次の一手を考えるとしようか」

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