『殿は5歳──お年賀、形式美と内心のカオス』
新年、1572年。正月の陽光は、雪の白を一層まばゆく照らしていた。
凍てつく朝──俺は、父・輝宗の隣にちょこんと正座していた。
(うーん……脚がしびれる)
今朝の俺の任務はひとつ。
「家臣たちの年賀の挨拶を、父上の隣でニコニコと受けるだけ」
だが、こっちは“外見5歳児”で“中身30代歴史オタ転生者”。
あまり利口そうに振る舞っても「やっぱりあの子は何かおかしい」と思われかねん。
だから今日は、“超・当たり障りない優等生5歳児モード”。
──つまりこういうやつだ。
「おはようございましゅ……」
「おぉ、若殿。すっかりお元気そうでなによりにございます」
開口一番、そう言って深々と頭を下げたのは片倉景綱。
俺の右目を直視せず、伏し目がちだ。よい。あまり見つめられると困る。
「おや、小十郎か。……今年も、父子で励めよ」
輝宗が軽く言う。
俺もにっこり。
「ことしも、よろしくおねがいもうしあげましゅ」
小十郎、目元を少し赤らめて、「ははっ」とだけ返して下がった。
(よし、完全に“控えめな良家の子ども”を演じ切ってるぞ、俺)
……その直後。
「若殿ぉ! おみくじは、なにが出ましたかな?」
顔も声もデカい、鬼庭左月がズイと前に出る。
(あ、去年の“あの目利きおじさん”)
「……ええっと……だいきち、でしゅ……」
「おぉーう! それはめでたい!」
ドン、と肩を叩かれた。いたっ。まだ治りかけの肩なんだけど!?
……だが笑顔、キープ!
次に、遠藤基信。
「殿、若殿、今年も政ご健勝に」
父は軽く会釈し、俺も倣ってぺこり。
(この人も、なかなか手練れ……目が泳いでない)
「若殿の袴もお似合いで」
「おかあさまが……ぬってくれまちた」
(本当は喜多と小春だけどな!)
基信の目が、一瞬和らいだ。
(……よし、完璧な“母想いのよゐこ”演技!)
さて、総勢三十名ほどの家臣が順々に挨拶を終えるまで、実に二刻(=約四時間)。
俺はそのすべてを、“5歳児テンプレート”を駆使して乗り切った。
■テンプレその1:にっこり笑って「よろしくおねがいもうしあげましゅ」
■テンプレその2:褒められたら「うれしぃでしゅぅ……」
■テンプレその3:おみくじネタが来たら「だいきちでちた!」
(……まるでAIチャットボットじゃねーか俺)
……と思っていたら。
「……うむ、よくやったな」
小声で、輝宗がぽつりと呟いた。
「こういう場で、己を抑えられるのもまた“器”だ」
(あ、バレてた)
ちら、と横目で見ると、父は笑っていない。でも、その目はどこか愉快そうだ。
「……おぬしも、大変じゃの。……こんな親を持って」
「……と、父上こそ。ははっ」
思わず、こちらも地声で笑ってしまった。
──その瞬間、後列で控えていた喜多が「あっ」と息を呑む。
いかん、素が出た。
「……えーと、わらっただけでしゅ……」
「おおお〜、若殿も笑顔が増えて、なによりじゃ!」
鬼庭がバカ笑いしてごまかしてくれる。ナイス鬼庭!
──そうして俺の正月デビュー式典は、何とかつつがなく終わったのであった。
ちなみにその晩、喜多が耳元でそっと言った。
「殿……“だいきちでちた!”は……ちょっと狙いすぎでございましたぞ」
「う……うるさいわ。あれはもう芸だ」