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『港が繋ぐ天下の道』

俺は中村城へ戻るとすぐさま松川浦の復興開発に精を出した。この事業は単なる一地域の復興を超え、伊達家ひいては奥州全体の未来を決定づける大切な礎となるからだ。


浜辺に立ち、海風に吹かれながら、波止場の工事の様子を見守っていると、背後から静かな足音が近づいてきた。


「おお、これはこれは若殿。相変わらずお忙しそうでございますな」


振り返ると、大内定綱が上機嫌な笑顔を浮かべながら軽く手を上げている。その穏やかで丸顔の風貌はいつもながら人懐こく、相変わらずの調子の良さを醸し出していた。


「定綱殿か。珍しいところで会うものだな。そなたのご機嫌伺いはいつも唐突だからな」


俺が苦笑交じりに皮肉を言うと、定綱はまるで褒め言葉をもらったかのように嬉しそうな顔をして俺の隣に並んだ。


「いやいや、こうして時々若殿のご尊顔を拝さねば、どうも心落ち着かぬ性分でございますゆえ」


「ああ、その軽口だけは健在なようだな。で、本当の用件は何だ?」


俺の問いに、定綱は一瞬わざとらしく口ごもり、しかし次の瞬間には実に朗らかな笑みを浮かべて言葉を続けた。


「実は、私も近頃ようやく、若殿が松川浦の港にそれほど執着される理由が分かって参りましたのです。ははは、私の理解力が少々鈍いものですから、随分とお時間を頂いてしまいましたが」


「ほう? それはまた興味深い話だ。ぜひとも聞かせてもらおうか」


俺は内心面白がりながら定綱を促した。すると定綱は芝居がかった仕草で腕を広げ、眼前に広がる青い海を指さした。


「若殿、考えてもみてくださいませ。北条家、徳川家、そして織田家……今や我が伊達家は天下を動かすほどの大名と同盟を結んだのですぞ? 海路を使えば、ここ松川浦から京の都へ繋がる道が開かれるも同然。これほど重要な港は他にありますまい!」


定綱は興奮気味に話し続け、両手を振りながらさらに言葉を重ねていく。


「しかも、陸路を使えば道は険しく長いが、海路ならば早く安全に、しかも大量の物資や兵を運べまする。若殿はこれを見越して、ずっとこの港の整備を進めておられたのですな。いやはや、その先見の明には恐れ入りました」


俺は口元に笑みを浮かべながら、黙って定綱の話を聞いていた。正直なところ、定綱がここまで的確に俺の意図を理解しているとは予想外であり、少々驚いてもいた。


「さらに言えば、この港が整備されれば商人や物資の流れも活発になり、奥州全域の経済が活性化しまする。つまり、伊達家のみならず奥州全体が潤い、やがては天下にもその名を知らしめるでしょう。いやぁ……若殿、実に素晴らしい。正直申しまして、私などの及ぶところではありません」


定綱はそこで一息つくと、両手を合わせて深々と頭を下げた。いつもながらこの男の表情や仕草は大袈裟であるが、その言葉には確かな本心が感じられた。


「定綱殿、おぬしがそこまで分かっているならば、俺が言うことは何もないな」


俺はあえて軽く返すと、定綱は満足げに頷き、得意そうな表情で再び口を開いた。


「実は、若殿のそのような遠謀深慮を理解しておるのは、まだごく一部の者だけでございます。今は理解されぬことも多いかもしれませぬが、いずれ家臣全員がこの事業の重大さに気付く時が来ましょう」


「その時が来れば、だがな」


俺がやや冷淡に呟くと、定綱は慌てたように手を振った。


「いやいや、その日は遠くありませんぞ。既に家中には噂が広がりつつありまする。あの織田殿が源頼朝と同じ役職に就かれたこともあり、皆の関心は自然と若殿の動きに向いております。若殿の手腕が、いよいよ明らかになる日は近いのです」


定綱は言い終えると満足そうに微笑んだ。そして再び丁寧に頭を下げると、「では、私はこれにて。若殿のさらなるご健勝を祈ります」と言い残して去っていった。


俺はしばらくその後ろ姿を見送りながら苦笑した。この男、相変わらず口は達者だが、目の付け所は実に鋭い。伊達家にもなかなか頼もしい者がいるものだと改めて感心した。


やがて俺は再び港に目を向けた。遠く水平線の彼方に、海と空が交わる線がくっきりと見える。


「さて、この松川浦から、奥州の未来を天下に繋げていくとしようか」


俺は静かに呟き、風に揺れる波を見つめながら新たな決意を胸に刻んだ。

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