『同盟は連鎖する』
織田家との正式な同盟が結ばれたという報せがもたらされると、伊達家の城内には祝賀の空気が流れはじめた。家臣たちの表情は明るくなり、城下の人々までもが道端で笑みを交わし合っている。
「これは実にめでたいことだ! 殿の先見の明に改めて感服いたします」
先月まで眉間に皺を寄せ、半ば懐疑的に俺の行動を見つめていた家臣たちが、手のひらを返したように賞賛の言葉を連ねてくる。俺は苦笑をこらえつつ、彼らの言葉をさらりと受け流した。
「まあ、当然だな。織田殿と手を組んだ以上、伊達家の前途は光輝くものになるだろうよ」
少々誇張した表現で胸を張って見せると、家臣たちは興奮気味に頷き、ますます饒舌になった。
しかし、織田家との同盟がもたらす影響は、俺の予測より遥かに迅速かつ広範囲に広がっていった。わずか数日のうちに、思いもよらぬ展開が待っていたのだ。
「徳川家康殿より使者が参りました」
ある日の午後、静かな報告が俺の耳に届いた。予想通りではあるが、その早さには少々驚かされた。
徳川家康――いわずと知れた三河の狸と名高い男だ。織田信長と密接な同盟を結ぶ彼が、伊達家と織田家の同盟成立を知れば、当然ながら関係を築きたいと思うだろう。
父・輝宗と共に迎えた徳川家からの使者は丁寧な口調で言った。
「我が主君家康公は、伊達家と織田家の同盟を大いに喜んでおられます。この機にぜひ、徳川家とも友好の契りを結ばれてはいかがでしょう」
父は使者に微笑みを浮かべながら、簡潔に応じた。
「徳川殿がそのように仰せならば、我ら伊達家としてもこれを喜んでお受けいたします。信長殿を介して、徳川家とも末永く手を携えたいものです」
かくして、織田家を中心とした『三者同盟』とでも呼ぶべき連携が、あっという間に成立した。伊達家と徳川家が遠く離れていることなど、この際もはや問題ではない。時代は確実に動きはじめているのだ。
――ところが、歴史の流れというものは一度勢いづけば、どこまでも加速するものらしい。
徳川家からの使者を見送った翌週、さらなる意外な訪問者が現れた。
「関東の覇者、北条家より使者が参りました」
この報告を聞いた瞬間、俺は思わずお茶を吹き出しそうになった。
「えっ? ほ、北条からも?」
俺の声が妙に高くなったせいで、そばに控えていた小姓たちが一斉にこちらを振り返る。その視線を受けて、俺は咳払いをしながら平静を装った。
北条家といえば関東を掌握する大勢力である。だが彼らは今まで伊達家との明確な接点を持っていなかった。その北条家がいきなり伊達家に接近してきたとなれば、それは間違いなく、織田や徳川との同盟がもたらした影響にほかならない。
「殿、関東の覇者とも盟を結ばれるのですか?」
側に控えていた片倉小十郎が、興奮を隠せないままに囁く。
「当然だ。これ以上の好機はあるまいよ。天下はますます狭くなっていくぞ」
俺は静かに立ち上がり、北条の使者を出迎えるべく、城門の方へと向かった。
使者は丁寧な物腰で俺に向かって挨拶を述べる。
「我が北条家の主君氏政公は、織田殿および徳川殿と手を結ばれた伊達家との間に、友誼を深めたく願っております」
北条氏政――歴史の教科書に出てくるほど有名な戦国大名が、伊達家との同盟を望んでいるという現実に、俺は内心で感慨深い思いを抱いていた。
「氏政殿の申し出、伊達家としても光栄の至りだ。北条家との間にも、良き絆を築かせていただこう」
俺の応答に北条家の使者は深々と頭を下げた。こうしてまたひとつ、新たな同盟が成立したのである。
客人たちを送り出した後、俺は静かな庭園に出て縁側に腰掛け、空を見上げた。
秋の空は限りなく高く澄み渡り、その青さの中に薄い雲が流れている。織田、徳川、そして北条――大きな波が次々と伊達家に押し寄せてくるように感じられ、俺の胸は次第に熱を帯びてくる。
「天下の勢力図が、大きく塗り替えられようとしている。伊達家がこの大波に乗り遅れるわけにはいかない」
俺は呟くようにそう言い、ゆっくりと息を吐いた。目の前で紅葉が鮮やかな色彩を放ち、秋風が俺の頬を撫でていった。
この大きな波の中で、伊達家は確かな存在感を持つようになったのだ。これまで遥か遠方だと揶揄された大名たちとの連携が、今や現実となってこの城内に満ち溢れている。
俺はしばらく目を閉じて、時代が動いていく音に耳を澄ませていた。これから何が起こるのかは分からない。しかし、確実に言えることはただ一つ――。
伊達家は今、時代の中心にいる。それは間違いないのだ。