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『岐阜への文、天下への布石』

秋風が遠い山並みを撫で、庭の紅葉が鮮やかに色づき始めた頃、俺は再び伊達輝宗のもとを訪れ、ひとつの提案を持ちかけた。


「織田信長殿と正式な同盟を結びたいと思います。使者は重臣の中でも信頼できる方を遣わしてほしいですが」


俺の言葉に父・輝宗はわずかに驚いたように眉を上げたが、すぐに穏やかな笑みを浮かべて頷いてくれた。


「面白いことを考えるな、おぬしは。確かに織田殿と正式に結べば、伊達家もさらに広い視野を持つことになろう。分かった、留守政景を岐阜城に送ろう」


留守政景。穏やかで誠実、そして何より忠義心に篤い男だ。彼ならば、伊達の名誉を損なうことなく役目を果たしてくれるはずだ。


ところが、輝宗の側近たちの間では微妙な空気が漂った。小声でひそひそと囁く家臣たちがいるのが俺の耳にも届く。


「織田だと? 岐阜城は遥か彼方、西の果てではないか」


「ああ、いくら名高いとはいえ、遠国の大名とわざわざ同盟など……」


ちらりと視線をやれば、数名の家臣たちが困惑気味に笑っている。その笑みには、どこか馬鹿にしたような、あるいは気が乗らないような響きがあった。俺は軽くため息をつくと、穏やかな声で皆に告げた。


「諸君、時代は常に動いている。我々が気づいた時には、遅すぎることもある。信長殿の器を見誤れば、いずれ我らは取り残されるぞ」


俺の言葉に、その場の家臣たちはぎこちない表情を浮かべながら頭を下げ、無言で頷くにとどまった。その姿は、『仕方がない、言われたから従う』とでも言いたげであり、俺は内心で肩をすくめた。


そして留守政景は間もなく旅支度を整え、岐阜への道を辿って旅立っていった。彼を送り出した俺は、深い溜息をついて夜空を仰いだ。星空は秋の冷気に澄み渡り、淡く瞬いている。


「頼んだぞ、政景……。伊達の未来を織田の天下と重ねてみせよ」


俺は心の中でひそかに願い、胸の内で強く決意を固めるのだった。


――そして季節が冬を迎えようとする頃、岐阜城より知らせが届いた。


『織田信長公、朝廷の勅命により権大納言ならび右近衛大将の任を拝領』


この報が伝わるや否や、家中に激震が走った。


右近衛大将――それは鎌倉幕府を開いた源頼朝が就任した役職であり、朝廷が織田信長をまさに頼朝と同格の武士の棟梁として認めたに等しい。これまで織田を遠方の地方勢力と嘲笑していた家臣たちの顔色は一瞬にして青ざめ、その表情は明らかに動揺と戸惑いに満ちていた。


俺が居室に戻る途中、廊下では家臣たちが慌ただしく往来している。


「まさか、あの織田殿が頼朝公と同じ地位に就かれるとは……!」


「やはり殿は遠くを見据えておられたのだ。我々はなんと愚かなことを……!」


その声を聞くたびに俺は密かに口元を緩めてしまう。あれほど懐疑的だった家臣たちの態度が、わずか数ヶ月でここまで変わるとは、なんとも痛快だった。


だが、単なる自己満足に浸っている余裕はない。今後は織田家との同盟が、伊達家にとってさらに重要な意味を持つことになる。天下の趨勢は今や、岐阜城を中心に大きく動き出したのだ。


夜更けになり、俺は一人縁側に座り、冬の気配を孕んだ冷たい夜風を頬に感じていた。障子の向こうには、微かな灯が揺らめいている。


織田信長――天下布武を掲げるその男が、ついに『武士の棟梁』として公に認められた。これからの伊達家は、その勢力と深く関わりを持つことで、生き残りをかけた激動の時代を乗り越えていくことになるだろう。


「時代が俺たちを呼んでいる……」


俺は静かに呟くと、ゆっくりと立ち上がった。天下への道は長く険しい。だがその道の果てには、必ず新たな伊達の未来が待っている。


――その未来を掴むために、今こそ前を向こう。家臣たちの心を一つにまとめ、織田と共に進む覚悟を決めなければならないのだ。


星空を見上げながら、俺は未来への決意を改めて胸に刻んでいた。

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