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『欲望の形、非戦の誘い』

中村城に戻って数日が経った。


湯殿から上がり、冷えた身体を火鉢で温めながら、私は床几に腰かけ地図を広げていた。白銀の中村の町並みは、思いのほか活気を見せている。だが、私の胸の内には拭いきれぬ不安があった。


――畠山義継。


先日の正月、米沢城の大広間で彼と顔を合わせたときの違和感が、未だに胸にこびりついて離れなかった。表面上は丁寧な言葉、端然たる礼節。しかし、その眼の奥にひっそりと灯る黒い炎。


「いずれ、牙を剥く」


私は確信に近い予感を抱いていた。


しかし、戦を仕掛けるには口実がいる。無為に敵を作ってはならぬ。それは虎哉宗乙様に何度も教えられたことだ。


そこで、私は一つの賭けに出ることにした。


書状を取り出し、筆をとる。


『二本松殿、よろしければ一度中村城へお越し下され。松川浦の港など、共に視察してみたく存じまする』


一見して柔らかな文面。しかし、ここに込めたのは試しだった。


果たして畠山義継がどう動くか。


使者として向かわせたのは、黒脛巾組の者。機転が利き、万一の場合は自ら戻れる腕を持つ。


私は城にて静かに待った。数日が経つ。


――使者、戻らず。


これが何を意味するのか、私には分かっていた。


「返事も、ないか……」


火鉢の炭が、ぱちりと弾けた。


私はその音をきっかけに立ち上がり、執務机に向かうと、すぐに新たな書状をしたためる。


宛ては、大内定綱。


あの男なら、すでに腹を決めているだろう。こちらの命を待っていたに違いない。


『畠山義継、信義に背き、伊達家の意を無視す。討つべし』


そう書いて、封を結ぶ。


私の目は、躊躇いなく冷えていた。


背後から気配。伊佐が膝をついて控えていた。


「御使者の帰還、未だ無しと……」


「ああ。ゆえに討つ。だが、斬るのは定綱殿に任せる。我らはここで備えを整えねばなるまい」


小夜もやって来て、黙って頷いた。


三人の間に、言葉はいらない。黒脛巾組は動くとき、すでに音を立てぬのが常。


――これが、信義を試した末の決断。


本意ではない。しかし、相手が牙を隠しながら迫るならば、こちらはそれを抜くより他にない。


「これより先は、敵なり」


そう口にしたとき、部屋の空気が凍ったような錯覚を覚えた。


私はまだ七歳。だが、まつりごといくさを担う身である。


すでに童子ではない。


この手で、城を治め、人を動かすと決めたからには、情けは胸に、刃は眼に。


私は再び、書状を巻いて印を押した。


『敵は、二本松。』


城の石垣に雪が積もっていく音が、やけに大きく聞こえた夜だった。

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