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12/22

『殿、跡取りって言われてますよ──おじさん二人の目利き』

1571年、冬。


 寒さが骨にしみる山城の奥で、俺はまたひとつ、鍛えられていた。


 いや、今度の敵は刀や槍じゃない。**「大人の事情」**である。


 


 ──というのも、今日訪ねてきたのは、

 伊達家のご重臣、おふたりさま。


 


 「いやぁ、これはこれは……若のお顔を拝見できて、ありがたき幸いにございます」


 


 開口一番、そう言ったのは、遠藤基信。


 黒々とした髭に渋い顔。見た目はまるで時代劇の老筆頭家老。

 でも目の奥に、「さあ、どんな反応するかね?」という試すような光が見える。


 


 「おう、ちび殿ぉ……疱瘡あがりの割に、しっかりしとるな!」


 


 もう一人は、いかりや長介みたいな顔つきと、

 ぶっとい眉が特徴の鬼庭左月。


 おっかない顔でガハハと笑いながらも、

 視線は油断なく、俺の右目の包帯を見てる。


 


 「……はて、おふたりとも、お見舞いというには立派すぎる甲冑姿にございますな」


 


 そう言いながら俺は、薄く会釈して座り直した。


二人は近隣との小競り合いの後、父・輝宗に報告の為に米沢城に登城、そして俺の所についでに寄ったらしい。


 

 (……建前は見舞い。でも本音は、“跡取りとしての見極め”だな)


 


 この時代の常識でいえば、疱瘡を患い、片目を失った子供が家督を継ぐなど、

 “縁起が悪い”“武家として不完全”とされても不思議じゃない。


 


 けれど──


 


 「……わしは、いっそこれを“しるし”と思うております」


 


 「おや?」


 遠藤殿が目を細める。


 


 「両の目では見えぬことも、片の目ならば見えるのです。

  たとえば、表と裏。人の面と、腹。……戦と、謀」


 


 「ほう……」


 


 「父上がご健在のうちは、学びと鍛錬に励み、

  やがてその時が参れば、片目でも天下のすべてを見通す男となってご覧にいれましょう」


 


 「……ほおおお」


 


 鬼庭殿が鼻を鳴らして言った。


 「口が達者なガキだとは聞いとったが、ほんに武骨なワシらにこんな小理屈返せるとはなあ!」


 


 「いや、いまのはなかなか洒落が効いておりましたな」


 


 遠藤殿が苦笑まじりにうなずく。


 


 「それに……あんた、まだ五つだろうが?

  目を失う痛みと熱に耐えて、正座して説法とはなあ……」


 


 「──わしは五歳にあらず、五歳にして五百年の知恵を持つ者にございます」


 


 「なんだそりゃあ!?」


 鬼庭殿が爆笑し、喜多が奥でヒヤヒヤしてるのが見える。


鬼庭左月は喜多の実の父親だ。


母親は離婚して片倉家に、そして片倉小十郎を産んでいる。


少々複雑な家庭環境。


 

 (……やべっ、ちょっと“異世界転生ネタ”っぽく言いすぎた)


 


 「……それほどの覚悟を持つ、という意でございますよ」


 


 言い訳になってるか分からないけど、ちょっと微笑んでフォロー。


 


 すると、遠藤殿がふっと目を細めた。


 


 「片目となってもなお、怯まず、己の意を語る……それこそが器。

  よろしい、安心いたしました。……我らは、殿にすべて託す覚悟を、固めてまいりましょう」


 


 「うむ。骨っぽいガキじゃ。わしの若ぇ頃より、よっぽど肝が据わっとる!」


 


 ふたりが笑ってくれる。

 でもその笑いには、確かな敬意がにじんでいた。


 


 ──そして見送ったあと。


 


 「……殿」


 


 と、奥で喜多がぽそり。


 


 「また格好つけて……無理なさらぬように……って、

  その手、震えておりますぞ?」


 


 「……べ、別に……」


 


 「湯たんぽ、もう一個お持ちしましょうか……? あとおしるこ」


 


 「……うむ、それはありがたい」


 


 (重臣のおじさんたちより、やっぱり喜多の看病が一番、沁みる)


 


 ──こうして俺は、冬の厳しさの中で、“家中の眼”という戦場を一つ、切り抜けた。


 

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