『殿、跡取りって言われてますよ──おじさん二人の目利き』
1571年、冬。
寒さが骨にしみる山城の奥で、俺はまたひとつ、鍛えられていた。
いや、今度の敵は刀や槍じゃない。**「大人の事情」**である。
──というのも、今日訪ねてきたのは、
伊達家のご重臣、おふたりさま。
「いやぁ、これはこれは……若のお顔を拝見できて、ありがたき幸いにございます」
開口一番、そう言ったのは、遠藤基信。
黒々とした髭に渋い顔。見た目はまるで時代劇の老筆頭家老。
でも目の奥に、「さあ、どんな反応するかね?」という試すような光が見える。
「おう、ちび殿ぉ……疱瘡あがりの割に、しっかりしとるな!」
もう一人は、いかりや長介みたいな顔つきと、
ぶっとい眉が特徴の鬼庭左月。
おっかない顔でガハハと笑いながらも、
視線は油断なく、俺の右目の包帯を見てる。
「……はて、おふたりとも、お見舞いというには立派すぎる甲冑姿にございますな」
そう言いながら俺は、薄く会釈して座り直した。
二人は近隣との小競り合いの後、父・輝宗に報告の為に米沢城に登城、そして俺の所についでに寄ったらしい。
(……建前は見舞い。でも本音は、“跡取りとしての見極め”だな)
この時代の常識でいえば、疱瘡を患い、片目を失った子供が家督を継ぐなど、
“縁起が悪い”“武家として不完全”とされても不思議じゃない。
けれど──
「……わしは、いっそこれを“験”と思うております」
「おや?」
遠藤殿が目を細める。
「両の目では見えぬことも、片の目ならば見えるのです。
たとえば、表と裏。人の面と、腹。……戦と、謀」
「ほう……」
「父上がご健在のうちは、学びと鍛錬に励み、
やがてその時が参れば、片目でも天下のすべてを見通す男となってご覧にいれましょう」
「……ほおおお」
鬼庭殿が鼻を鳴らして言った。
「口が達者なガキだとは聞いとったが、ほんに武骨なワシらにこんな小理屈返せるとはなあ!」
「いや、いまのはなかなか洒落が効いておりましたな」
遠藤殿が苦笑まじりにうなずく。
「それに……あんた、まだ五つだろうが?
目を失う痛みと熱に耐えて、正座して説法とはなあ……」
「──わしは五歳にあらず、五歳にして五百年の知恵を持つ者にございます」
「なんだそりゃあ!?」
鬼庭殿が爆笑し、喜多が奥でヒヤヒヤしてるのが見える。
鬼庭左月は喜多の実の父親だ。
母親は離婚して片倉家に、そして片倉小十郎を産んでいる。
少々複雑な家庭環境。
(……やべっ、ちょっと“異世界転生ネタ”っぽく言いすぎた)
「……それほどの覚悟を持つ、という意でございますよ」
言い訳になってるか分からないけど、ちょっと微笑んでフォロー。
すると、遠藤殿がふっと目を細めた。
「片目となってもなお、怯まず、己の意を語る……それこそが器。
よろしい、安心いたしました。……我らは、殿にすべて託す覚悟を、固めてまいりましょう」
「うむ。骨っぽいガキじゃ。わしの若ぇ頃より、よっぽど肝が据わっとる!」
ふたりが笑ってくれる。
でもその笑いには、確かな敬意がにじんでいた。
──そして見送ったあと。
「……殿」
と、奥で喜多がぽそり。
「また格好つけて……無理なさらぬように……って、
その手、震えておりますぞ?」
「……べ、別に……」
「湯たんぽ、もう一個お持ちしましょうか……? あとおしるこ」
「……うむ、それはありがたい」
(重臣のおじさんたちより、やっぱり喜多の看病が一番、沁みる)
──こうして俺は、冬の厳しさの中で、“家中の眼”という戦場を一つ、切り抜けた。