『まだ、幼き身のくせに──忍びの誓いと、揺れる心』
湯殿の湯気はもうもうと立ちこめており、石の湯舟からは、湯がぽたりぽたりと音を立てて溢れていた。
「……ふう」
身も心も張り詰めていた一日の緊張が、湯の中でようやくほぐれていく。
――俺の名は藤次郎。伊達輝宗の長男にして、いずれは伊達家を背負う身。そして転生者。前世ではただの高校生だった俺が、こうして戦国の世で家中と民を背負う日々を送っている。
その俺が、今こうして風呂に入っているだけの時間ですら、なんとも言えぬ重圧と共にある。相馬を滅ぼし、中村城に入った今、磐城・二本松・常陸と次なる策を練らねばならぬ。
……なのに。
「藤次郎さま〜♡ 失礼しますぅ〜」
「ちょっ、ま――!? おい伊佐、小夜!?」
突然、湯殿の戸がガラリと開き、蒸気の中から現れたのは、例の黒ギャル風くノ一二人。伊佐と小夜。二人とも、肌もあらわな薄衣一枚で、まったく隠す気すらない様子だった。
「ふふ〜ん、最近“嫁取り”の話が増えてるって聞きましたぁ?」
「私たち、ずっと藤次郎様にお仕えしてますし〜……ちょっとぐらい、いいでしょ?」
そう言って、にじり寄ってくる二人。俺は思わず、湯の中でのぼせかける。
「ま、待て! 待ってくれ!」
心は高校生とはいえ、体は七歳。こういう状況で体がどうにかなるはずもない。しかし、目のやり場に困ることだけは間違いない。
「い、今はまだ子どもの体なんだってば! なにか起きるわけが――」
「でも、藤次郎様のお心が“それ”なら……♡」
「精通したら、ちゃんと側室にしてくれるって言ってましたよね? あれ、夢じゃないよね?」
「え、えええ……!? 言ったっけ!? いや、いや、あれは勢いで――!」
湯気の中で慌てふためく俺。まるで戦場より危険な空気だ。いや、実際ある意味で命の危機だ。
「お、お願いだから、もうちょっと冷静になってくれ! というか、俺も混乱してる! なにが正しいんだ、くそっ……!」
「ねぇ、小夜」
「はい、伊佐姉さま」
「藤次郎様、可愛すぎて……ちょっと、いじめたくなっちゃうよねぇ♡」
「ええ、すごく、わかります……♡」
このままでは本当に何かが危うい。俺は湯から立ち上がり、ばしゃりと水を跳ねさせた。
「ま、また今度だっ! 絶対今じゃないっ!」
「……また今度、ですね?♡」
「約束ですよ?」
にこり、と満足げな笑みを浮かべて、伊佐と小夜は湯殿を去っていった。
――戦の策を練るより、よほど心臓に悪い夜だった。