『波打ち際に希望を描け』
海の匂いは、米沢にはないものだ。
鼻をつく潮風が頬を打ち、冬が明けたばかりの空の下に広がる松川浦の浜辺は、思いの外、荒れていた。かつては相馬水軍の根拠地の一つとして、それなりの賑わいを見せていたであろう漁村の姿は、今や見る影もない。
打ち捨てられた小屋、軒が崩れた倉、煤けた網と、干からびた魚の匂いだけが取り残されていた。
「……ひどいな」
馬を下りて、波打ち際まで歩いた。私、藤次郎は足元の砂を踏みしめながら、冷静に風景を観察していた。
「これが、相馬の末路か」
言葉に感傷はない。だが、静かな怒りのような感情は確かに胸にあった。民の暮らしなど顧みず、戦に敗れて逃げ去った領主の後始末をするのは、勝者の務めでもある。
「藤次郎様、こちらにかつての番所跡と思われる建物が」
そう声をかけてきたのは鬼庭左衛門。いつもは無骨な表情の彼が、珍しく眉根を寄せている。
「中を見たが、倉も空。漁具は朽ち、舟も残っておらぬ。ここはまったくの、死村でござる」
「……死村か。まさに、だな」
私の背後には片倉小十郎の姿もあった。小十郎は、手元の帳面に淡々と現状を書き記していた。
「復興の見込みは?」
そう問うと、小十郎が首を横に振った。
「即座には厳しゅうございます。船も無ければ、漁師も戻らぬ。恐れながら、まずは人を呼び戻す策が必要にございます」
「人か……」
私はしばし海を見つめた。澄んだ海。だが、そこに活気はなく、魚影も見えないように思える。
「左衛門、小十郎」
二人が姿勢を正す。
「まずはこの地に生きる希望を戻すことが肝要だ。海の力は大きい。港を築く前に、この漁村そのものを再建せねばならぬ」
私はそう命じた。
「左衛門、そなたには漁師の呼び戻し、そして漁具の手配を。小十郎、そなたは村人たちの住居や糧の再建を監督してくれ」
「はっ!」
二人の声が響く。
私は小さく頷いた。
「ここを、ただの支配地にはしたくない。港となり、町となり、いずれは“海の玄関”と呼ばれるほどの地にする。そのための第一歩を、我らの手で刻むのだ」
自分で言いながら、胸が熱くなった。
確かに私はまだ七歳。剣も握れぬ小童だ。だが、知恵を使い、人を導くことならばできるはずだと、自分に言い聞かせる。
「魚は、人を生かす。海は、人をつなぐ。ならば、この松川浦を……命と交易の拠点にする」
この地の風が、ようやく私の頬に優しくなった気がした。