『忠義と矜持と、朝の口論』
朝の陽が中村城の天守を淡く照らしていた。秋の冷たい空気の中にも、どこか安堵と静けさが漂っている。
昨夜、黒脛巾組の伊佐と小夜が相馬の残党とおぼしき刺客を斬ったことは、早朝には既に城中の噂になっていた。
そして、それは思ったよりも早く、面倒な波紋を広げていった。
「主君の寝所にまで刺客が忍び込むとは、由々しき事態ではござらんか!」
中村城の広間に響くその声は、大内定綱のものだった。
昨日まで城下の警備と整備を名目に野営していた彼が、今朝は早くから兵を引き連れて登城し、広間へと雪崩れ込んできた。
私はその声に、まだ湯漬けの茶碗を置きながら振り向いた。
「我が若き主を狙う賊が出たというのに……遠藤殿、これはどういうことですかな? 中村城の警護は、そなたの預かりではなかったか!」
遠藤基信は眉一つ動かさず、私のすぐそばに控えていた。
「……殿。中村城の守備体制と、若のお傍衆の編成は、すでに若君自らの意志によってなされております。黒脛巾組の者たちは、若の命により夜間の警戒を担っておりますれば、私が口を挟むべき筋ではございません」
「だが! だがそれで若の寝所にまで忍び込まれたというならば、それは結果として失態ではないのか?」
定綱は声を荒げ、腰の太刀に手をかけるほどの勢いで詰め寄ってきた。近くの侍女が悲鳴をあげかけて止める。小十郎と左衛門が一歩前に出ようとするのを、私は手で制した。
「やめろ」
その一言に、場の空気が静止した。
私は起き抜けの体を伸ばし、床几から立ち上がる。
「大内殿、怒りたい気持ちはわかります。しかし、騒ぎ立てては敵の思う壺。騒げば騒ぐほど、内部の混乱を外に知らせるようなものです」
定綱の顔に、悔しさと焦りとが混ざった色が広がる。
「……しかし、若。これが度重なれば、もはや忍びに任せておく範疇を超えまする」
「そのときは、定綱。貴殿の兵を借りることも考えましょう」
私は笑みを浮かべ、そう言った。
「だが今回は、伊佐と小夜が見事に防ぎ、我が命に一片の傷もない。ならば、誰も咎められることなどないでしょう?」
定綱は拳を握りしめたまま、深く息を吐いた。
「……はっ。お言葉、胸に染み入りました」
私は小さく頷いた。
彼の忠義は疑ってはいない。ただ、それが時に熱を帯び過ぎるのだ。感情で軍を動かす者に政は任せられない。そう思いつつも、その熱があるからこそ、彼は裏切りではなく忠誠を選んだのだとも知っている。
定綱はやがて一礼し、足音を控えめにして広間を去っていった。
残された基信は、私の方を見て、ふと苦笑した。
「若、あの大内殿のような忠臣を手なずけるには……骨が折れますな」
「忠臣とは、骨が折れるものです。骨の折れぬ家臣など、風が吹けば折れる竹に過ぎぬ」
そう答えた私の脳裏には、また一歩“武家の主”としての覚悟が、深く根を張ったような気がした。