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『夜を裂く刃、眠りを護る影』

中村城。


 この新たな拠点に到着した日、私はすっかり疲れ切っていた。


 秋の終わりを感じる風が、城下の木々を揺らしていた。米沢を出てからの長い道のりと、途中で見た景色の数々、そしてこの城の、まだ馴染まぬ冷たい石の感触。


 そのすべてが、心身を削っていた。


 夕餉の膳を前にしても箸は進まず、喜多姉様に心配され、無理矢理に三口ほど白飯を口にしてから、私はふらふらと寝所へと向かった。


 「主さま、布団はあたたかくしておきましたからね〜」


 「ほら、伊佐、あんま布団に潜るなって!」


 「だって冷えるっしょ、夜!」


 黒ギャルくノ一の伊佐と小夜の明るい声が、寝所の入り口から漏れ聞こえてきたが、私にはそれに応える気力もなかった。


 やわらかい布団に倒れ込むと同時に、意識は霧の中へと落ちていった。


 夢の中では、どこかの海辺を歩いていた。

 松川浦か、あるいは――かつて前世で見た、どこか異国の入り江かもしれない。


 ざざぁ……と波の音が近くに聞こえる。

 しかしそれは、次の瞬間に変わった。


 ――すっ。


 風を切る音。

 私は夢の中で、その音に違和感を覚え、反射的に目を開けた。


 次の瞬間、寝所の障子が音もなく開いていた。

 月明かりに浮かぶ、黒ずくめの影。


 ――侵入者だ。


 私は声を上げようとしたが、身体はまだ眠気の呪縛に縛られていた。


 影は私の布団に向かって、短刀を抜いたまま無言で迫る。


 刹那、障子の外から黒い影がふたつ、矢のように飛び込んできた。


 「誰に断って、うちの主の寝顔を拝んでんのよッ!」


 「バ〜カ♡ 忍びは忍びに始末される運命っしょ♪」


 伊佐と小夜。


 伊達家の秘密部隊・黒脛巾組の中でも、私に仕える双璧のくノ一である。


 伊佐の手裏剣が、侵入者の短刀を弾き、小夜の刃がその首元へ迫る。

 だが、相手もただの間者ではないらしい。


 刃を交わし、逆に背後を取ろうとした瞬間。

 伊佐の足技が閃き、膝を砕く音が聞こえた。


 「がっ……!?」


 呻き声を上げた侵入者の喉元に、小夜の短刀が静かに突き立てられた。


 しばしの沈黙。


 私は息を殺し、布団の中で見守るしかできなかった。


 「主、もう大丈夫っす」


 「おやすみの邪魔しちゃってゴメンねぇ〜♡」


 そう言って笑うふたりの影を、私はただ見つめることしかできなかった。


 死に瀕した現実を、たった今、彼女たちは撥ね退けた。


 「……ありがとう」


 かすれた声でそう呟くと、伊佐と小夜は顔を見合わせて、にっこりと微笑んだ。


 「それが、くノ一の仕事っすから」


 そう答えたふたりの背は、今夜ほど頼もしく見えたことはない。


 私は再び、布団の中に沈み込んだ。

 だが、今度は恐れの中でではなく。


 安心という名のぬくもりに包まれながら――。


 外では、夜風が静かに、そして確かに吹き抜けていた。

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